【第八話】奔走していた舞台裏
私のFacebookに届いた一件のメッセージ。
その内容は
「来週稲佐山でイベントがあるのでそこで歌いませんか?」
というものだった。
たまたま私がFacebookで歌っている動画をそのイベントスタッフのIさんが見ていたらしい。
はい?私が?稲佐山で歌う???
私は混乱していた。
長崎で稲佐山といえば、とても有名な歌手たちがライブをしているイメージがあった。
そんなところで私が歌うの?どういうこと?
よく状況がつかめないまま、とりあえずやれる事は何でもやってみようと、
「私なんかでよかったらぜひ!」
と返信した。
・・・その一週間後、私は本当に稲佐山に集まったたくさんの人の前で歌っていた。
実際には有名な歌手が使用する大きなステージの上ではなくて、中腹の駐車場がステージだったが、それでも私にとっては一生忘れることのできないであろう、大きな大きなステージだった。
音楽に関して何の知識も経験もなかった私は、そのステージに立つまでに、本当にたくさんの方々の力を借りることになった。
まず私の声に楽曲のキーが合わない。
今回リクエストされた曲は、キングコングの西野亮廣さん作詞作曲の『えんとつ町のプペル』と『夢幻鉄道』という二曲だった。
まず、Youtubeにアップされている『えんとつ町のプペル』のカラオケは、私にはキーが高すぎて、『夢幻鉄道』なんてカラオケ音源がまずない。
これではマズいということはさすがにわかる。
でもどうしたらいいのかわからない。
私はふと家のすぐ近くに音楽教室があったことを思い出した。
しかもその先生は、私がつい最近ギターを教えてもらった方とお友達だという情報を手に入れたばっかりだった。
私は早速その方に事情を説明し、音楽教室の先生を紹介してもらった。
ただ、コロナの影響で楽器を習いたい人が増えているらしく、レッスンの予約が取れたのは、本番の二日前だった。
初対面でキーを変更した伴奏を二日後の本番までに欲しいとお願いするなんて、あまりにも急すぎて失礼なのではないかと思った私は、メールで必死に要件を説明してみた。
しかし先生もお忙しい。
「レッスンの時に詳しく教えてください」
とのことで、レッスン当日までは不安で不安で、ただオロオロしているだけで終わってしまった。
そして待ちに待ったレッスンの日。
私は改めて先生に状況を説明し、自分の声に合うキーの伴奏がほしいこと、音楽ができる知り合いがいないので誰にも頼れる人がいないことなどを精一杯説明した。
想像していた通り、先生もあまりにも時間がなさすぎる無理なお願いにかなり戸惑っている様子が見て取れた。
しかし、最終的には私の必死さに根負けしてくださったのか
「やってみます。ただ確実にできますという約束はできません」
ということで、その日のレッスンが終了した。
翌日ふと私がFacebookを見ていると、その先生が何やら音符が沢山書かれた画像とともに「でけたぁ〜!!」という投稿がされていた。
もしやこれは…。
画像を拡大してみると、まぎれもなく私が昨日先生に頼んだ曲だった。
その投稿時間は、明け方四時を回っていた。
いくら知人の紹介といえども、私が逆の立場だったら果たして同じことができただろうか。
私はその優しさに感動し、深い感謝の思いで胸がいっぱいになった。
よし、一番の心配事だった音源は先生のおかげで何とか準備できそうだ。
あとは私が今ある全ての力で歌うだけだ。
本番前日、私は何度も何度も自分の歌を録音し聞き直して、歌詞を間違っているところがないか、音程がずれているところがないか、力が入りすぎていないかなどを自分の耳でチェックしていた。
そしていよいよ本番当日を迎えた。
ーつづくー
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