ビールが楽しい5つのわけ。その① ビールと原材料の幸せな関係
ビールって何でしょう?
「ビールは麦からできていて、シュワシュワ発泡しているお酒だよね。」
でも、この記事のトップの画像は苺です。その理由は、私が代表をしているクラフトビールメーカーのコエドブルワリーは、3月5日(金)に一期一会なリミテッド・エディション「COEDO-Strawberry Wheat Ale-(ストロベリーウィートエール)」を発売したところだからです。
私たちクラフトビールメーカーにとって、ビールといえば楽しくて仕方がないもの。ですので、アルコールの中で何が一番好きかと訊かれると、みなもれなく「ビール!」とお返事することでしょう。私自身も(最近意識的に設けた週1回の休肝日を除いては)必ず毎日ビールを飲んでいます。クラフトビールメーカーの人達は、「好き!」がライフワークになっている幸せな存在とも言えるわけですが、COEDOのメンバー達の中でも、その「好き」な方向性も一様でないところも面白いところです。どうしてそんなに楽しく、そして作り手達はビールが好きなのかということを、お伝えしてみたいと思います。
今回はビールの原料についてです。
ストロベリー?苺のビール?
そうなのです。正確には日本の法律では、苺の「発泡酒」に分類されます(この点も後述します)。余談ですが、法律上発泡酒に分類されるのか、それともビールに分類されるのかについては、実は、私達醸造家はあまり気にしていません。苺の様なアロマやフレーバーのあるビールをつくったら、この季節にきっと美味しいよね、飲みたいよね、ということがいつも原点です。
ビールの原材料の基本要素
ビールの原材料は、基本的には、どこの国でも、麦芽、ホップ、水です。原材料について考えるためには、まずアルコール発酵について理解しておくことが必要となります。アルコール発酵とは、簡潔に記すと、糖分を食べて、アルコールと炭酸ガスをつくり出す、酵母(学名:サッカロミケス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae))と呼ばれている微生物のはたらきです。発酵の母、いい日本語ですね。ですから、アルコール飲料の主原材料には必ず、糖を含む農産物が必要となります。ビールの起源は紀元前3000年ごろの、現在のイラン西部にあることが考古学的に確認されていますし、やはり紀元前のエジプトでも飲まれていたことが知られていますが、現在のビールの姿に発展したのは中世のヨーロッパです。そのヨーロッパでも、当時は麦芽を基本に様々な原材料が使用されていましたが、現在のドイツ・ミュンヘンを都としたバイエルン公国で1516年にビール純粋令が制定され、麦芽、ホップ、水がビールの原料として確立されました。ビール純粋令は世界最古の食品規格とも言えます。ちなみに、発酵とは人間にとって役に立つ微生物のしごとを差し、そうでないものは腐敗といいます。都合のいい話かもしれませんが。
自家製の麦芽(英語ではモルト)。ちょうど麦から根が出たところ。
麦芽は人類の食文化の歴史
麦芽とは、いきもの係たる醸造家が、酵母に与える糖を得るために大麦や小麦を一度発芽させて根を取り除いて乾燥させたものです。穀物とは植物の種ですから、温度・湿度の条件が整うと、でんぷんを糖に変換するアミラーゼという酵素を出現させ発芽します。植物は食物連鎖の原点で、本来独立栄養体ですが、光合成が始まる前の最初の段階だけはエネルギーの源が必要で、そのエネルギーが安定した高分子のでんぷんとして蓄えられているのが種ということになります。
食には、生存のための養分の摂取という生物学的側面と、人類が生活を楽しむために試行錯誤を繰り返してきた美味しさの追求という文化的側面があります。今に伝わる麦芽とは、まさにその食文化としての歴史そのものです。ビールをつくるための糖の抽出という目的を達成するためだけであれば、麦を一度発芽させて根を取り除き、酵素が失われてしまわないように低温で丁寧に乾燥させるだけで十分です。こうした麦芽はペール・モルトとかピルスナーモルトと呼ばれ黄金色のビールをつくる他、全てのビールのベースとなるもの。わざわざ高温で焙煎し炭化させたブラックモルト(黒ビールのコーヒー・チョコレート様の風味付けに使用します、しかも炭になってしまったでんぷんからはアルコールはできません)、中温を加えることでできるカラメル麦芽(ビールに茶褐色の色合いやボディを与えます)にするなどのひと手間は、味わいを楽しむという先達の試行錯誤の賜物です。最初は偶然の産物であったかもしれませんが、先人の気づきと努力への感謝に堪えません。
焙煎度と品種よる麦芽のちがい
(右から二番目はブラックモルト、左から三番目は小麦のペールモルト)
他のお酒の製法を勉強するなかで気づいたのですが、上記の麦芽に対しての加工、つまり原料の物性を変えてしまうほど手を加えているのは、世界にはいろいろなお酒があるわけですが、ビールだけのようです。仕込みの際の麦芽の配合はベースモルト1種類だけでもいいですが(ピルスナーやゴールデンエールのような黄金色のビールができます)、複数種組み合わせることが通常です。このことがビールの第一のそして最大の個性でもある豊かなカラーバリエーションという性質につながっています。理論的には、ビールの液体色は、無色透明から黒に至るまで暖色系のグラデーションとして、私達に視覚的楽しみを与えてくれます。
そして投入するアルコール源である麦芽の量が、出来上がりのアルコール度数を決定しますが、何度にするかはブルワー達の自由です。実際に、アルコール度数は、ノンアルコールからスコットランドのKeith Breweryの「Snake Venom」のなんと67.5%まで実績があるほどです。また、麦についても、大麦を基本に、小麦、ライ麦、オーツ麦、それぞれ同じ麦という字をつかいますが、植物としては相当に異なる品種ですので、目指す味わいの表現に合わせて様々に使い分けていきます。
ホップはハーブ
ホップはハーブです。中世の昔は、発酵が不十分で甘さが残っていることが多かったビールの、味わいのバランスをとる要素として苦味が足されたことがもともとの起源です。コーヒーに砂糖を加える方向性と同様の味のバランスのとり方と言っていいでしょう。そして、苦味成分に抗菌作用があり、酵母を他の雑菌から守ってくれることから醸造の成功確率があがったという経験則も、ホップの使用を後押ししていきました。従来は、この苦味の要素をホップの役割としてとらえることが中心的でしたが、醸造家達の関心はホップの香り成分へと推移していきました。ホップは松かさを想わせるような美しい毬花(きゅうか、まりはな)と呼ばれる花の部分を摘んで利用することからイメージしやすいと思いますが、エッセンシャルオイルに素晴らしい香り成分を有しています。
ホップ
特にアメリカで開発されたカスケードという品種は、グレープフルーツを想わせる柑橘系の香りで作り手にも飲み手にも衝撃を与え、ビール界に大きな影響を与えました。カスケードが開発されなかったとしたら、クラフトビールの今日の発展はなかったと言ってしまってもよいかもしれないほどの重要な品種です。他にもホップには、白ブドウの様な香り、松葉の青々しさを感じさせるような力強い香り、ストーンフルーツを想わせるような香りをもつ品種など、次々に品種改良が進んでいきました。ホップのフルーティーな個性によってビールを表現することは引き続き近年のビール造りのメインストリームとなっています。そして一種類ホップの香りだけをフィーチャーしたシングルホップのシンプリシティ、何種類ものホップの香りを組み合わせ表現するコンプレキシティとホップの使用方法も自由自在です。麦芽の組み合わせxホップの組み合わせとビールのバリエーションは等比級数的に創造されていきます。
また、ビール特有の泡もホップの成分とビール中のたんぱく質が結合して析出してくるもので、ビールに独特の個性を添えてくれています、
このホップは私が埼玉川越の畑で育てた、1980年に山梨の北杜市で誕生した日本品種「カイコガネ」です。ホップは学術的には北緯35度以北で育つとされており、日本一暑い埼玉でも育ちます。ただし、もともとヨーロッパのような冷涼な気候を好む植物ですので、プロの農業としては、高地であれば別ですが、平地の埼玉では難しいという印象です。
副原料フリーダム
原料のお話しの最後は、副原料です。ビールは他の醸造酒と異なり、副原料も使われます。そしてこの副原料使いが、また作り手冥利な世界でもあります。日本の酒税法では、ビールの原料は以下のとおり定義されています。
酒税法第3条(その他の用語の定義)
十二 ビール 次に掲げる酒類でアルコール分が二十度未満のものをいう。
イ 麦芽、ホップ及び水を原料として発酵させたもの
ロ 麦芽、ホップ、水及び麦その他の政令で定める物品を原料として発酵させたもの(その原料中麦芽の重量がホップ及び水以外の原料の重量の合計の百分の五十以上のものであり、かつ、その原料中政令で定める物品の重量の合計が麦芽の重量の百分の五を超えないものに限る。)
ハ イ又はロに掲げる酒類にホップ又は政令で定める物品を加えて発酵させたもの(その原料中麦芽の重量がホップ及び水以外の原料の重量の合計の百分の五十以上のものであり、かつ、その原料中政令で定める物品の重量の合計が麦芽の重量の百分の五を超えないものに限る。)
そして、その他の政令で定める物品とは、以下のとおりです。
酒税法施行令
第六条(ビールの原料) 法第三条第十二号ロに規定する麦その他の政令で定める物品は、次の各号に掲げる物品とする。
一 麦、米、とうもろこし、こうりやん、ばれいしよ、でん粉、糖類又は財務省令で定める苦味料若しくは着色料
二 果実(果実を乾燥させ、若しくは煮つめたもの又は濃縮させた果汁を含む。)又はコリアンダーその他の財務省令で定める香味料
2 法第三条第十二号ロに規定するビールの原料中政令で定める物品及び同号ハに規定する政令で定める物品は、前項第二号に掲げる物品とする。
日本の酒税法で想定しているのは、アルコールをつくる発酵原料としての副原料は、麦芽の重量の50%未満の重量の麦、米、とうもろこし、こうりやん、ばれいしよ、でん粉、糖類で、果実は香味料として麦芽の重量の5%以下であればちょっとした風味付けの目的としてのみ使用してもよいとしています。ちなみに着色料とはカラメル色素です。この重量を超えた副原料の使用した場合はどうなるかというと、発泡酒に分類されるということになります。
さて、今回のストロベリーウィートエールの苺の話です。ブルワリーからほど近い苺農園では、この時期は苺摘み取り体験で家族連れなどでにぎわうところ、コロナウイルスの影響によりお客さんが激減してしまい、たくさんの実った苺が行き場を探しているところでした。副原料を使うきっかけは様々です。今回の様に副原料がまず起点になることもありますし、ビールに持たせたい風合いが、従来のビールの主原料たる麦芽とホップだけでは表現することが難しい場合には、最適な副原料を探していくのです。後者の例としては、黒ビールの説明の際に使われる「ローストした麦芽に由来するコーヒーやチョコレートのようなトップノートとフレーバー」という表現から発展し、コーヒー豆やチョコレートが実際に副原料として使用されるようになったコーヒースタウトやチョコレートポーターといったスタイルがあげられます。ちなみにビール界ではビールのカテゴリーのことをスタイルと呼んでいます。
COEDOのストロベリーウィートエールは、麦芽の重量比5%を大きくうわまわる苺をアルコール源として使用していることから、日本の酒税法では発泡酒に分類されています。COEDOでは、地元埼玉川越で江戸時代から続く名産品さつまいを使用した紅赤-Beniaka-を定番でつくっていますが、同様の理由により発泡酒に分類されています。冒頭の繰り返しになりますが、法律上発泡酒に分類されるのか、それともビールに分類されるのかについては、私達はあまり気にしていません。ストロベリーウィートエールのビールの基質は小麦麦芽を使用したフルーツウィートビールというスタイルです。このスタイルも以下のとおり世界のビール界ではビールとして仕様が確定し共有されているもので、決して奇をてらったものづくりであるわけでもないのです。
2021 Brewers Association Beer Style Guidelines
Fruit Wheat Beer
Color: Generally straw to light amber, and often influenced by the color of added fruit.
Clarity: Chill haze is acceptable. These beers may be served with or without yeast. When served with yeast, appearance is hazy to very cloudy.
Perceived Malt Aroma & Flavor: Low to medium-low
Perceived Hop Aroma & Flavor: Low to medium
Perceived Bitterness: Low to medium
Fermentation Characteristics: These beers can be fermented with either ale or lager yeast depending on the underlying wheat beer style. Low fruity esters are typical. Diacetyl should not be present. In versions served with yeast, yeasty aroma and flavor should be low to medium.
Body: Low to medium
Additional notes: The grist should include at least 30 percent malted wheat. Fruit or fruit extracts contribute aroma and flavor expressing true fruit complexity. Versions served with yeast should demonstrate a full yeasty mouthfeel. Fruited examples of wheat beer styles that are not commonly brewed with fruit and do not exhibit attributes of wood aging should be categorized as Fruit Wheat Beers. These could include fruited versions of various wheat beer styles of European origin such as Weizens, Adambier or Grodziskie. Fruited wheat beers that exhibit sourness fall within various fruited sour beer categories. Such beers could deviate from parameters shown for those styles but should be suggestive of the underlying classic beer style with fruit added. Fruited versions of Berliner Weisse or Contemporary Gose fall within those categories as they are commonly brewed with fruit. Within the framework of these guidelines, coconut is defined as a vegetable, and beers containing coconut should be entered as Field Beers. When using these guidelines as the basis for evaluating entries at competitions, brewers may be asked to provide supplemental information about entries in this category to allow for accurate evaluation of diverse entries. Such information might include the underlying beer style upon which the entry is based, or other information unique to the entry such as fruit(s) used or processing which influence perceived sensory outcomes.
苺の糖分は酵母によりアルコールに変換されドライになりますが、苺の酸味と甘い香り、赤い色がビールに加わることで、麦芽とホップだけでは表現できないようなユニークな仕上がりになります。このようなワインとビールの双方のよいところをハイブリッドに持ち合わせたフリースタイルなものづくりが、ビールが作り手冥利な世界たる所以です。結果として、近年、プロのブルワー達の間ではそれぞれが創造性を発揮して試行錯誤を繰り返していった結果、アメリカの醸造者協会(Brewers Association)で公式に定義されたビールのスタイルは、2021年現在154種類になっています。毎日1スタイルずつ飲んでいっても5か月もかかりますね。ビールのスタイルについては一度では網羅することができないので、今後ひとつひとつ機会をもうけて紹介をしていきたいと思います。
参考文献:
パトリック・E・マクガヴァン「酒の起源」
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