Ep.3『濃い目のハイボール』
濃い目のハイボール(40歳、男性)
『マスター、ハイボール濃いめとミックスナッツ。』
そう言って俺はカウンター席に座った。
俺はこの近くに事務所があり、この店の雰囲気が気に入って来る様になった。
30歳で起業して、気づけば社員を5人程抱える社長になっていた。
ようやく余裕が出てきたから、こういったバーに通う事が出来る。
思えば昔、安酒で酔うために良くハイボールを濃いめで飲んでいたっけ。
今でもその癖は抜けずに飲んでいる。
これを飲むと、起業したての時代を思い出し、原点に戻れる気がする。
俺はがむしゃらに働き、無我夢中で仕事に打ち込んで来た。
そのせいか浮いた話はほとんど無く、今も未婚のままだ。
両親は地元で兄貴と暮らしている。
変わらず元気でいてくれるから、俺は今まで自分の事に専念出来た。
本当に感謝している。
と言っても、そんな気持ちになったのはつい最近のことだ。
俺にも心の余裕が出来たのだろうか。
一丁前にも、少しは成長したって事かな。
ありがたい事に、社員5人の人生を背負いながらも、会社は安定している。
社長として、経営者として、次なるステップは後継者の育成だ。
細く長く、この会社を健康的に維持して行って欲しい。
それから、自分の家庭を築きたいと思っている。
両親にも、孫の顔を見せる事で親孝行したい。
残念ながら、まだ兄貴にはその気がない様なので…
『マスター、ハイボール濃いめおかわり』
ー私もハイボール濃いめおかわりー
どうやら、左側に座っている女性も同じ物を飲んでいるらしい。
マスター『お待たせさました、ハイボール濃いめ、おかわりです。』
マスターはそう言うと、俺と左側の女性の前に、同時に置いた。
思わず、僕らは顔を見合わせた。
お互い少し照れ笑いをしながら、
恋めのハイボールで乾杯をした。
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