Ep.26『別の業界』
(50歳、男性)
『こんばんは。』
『ソーヴィニョン・ブランをくれ。』
俺はこのバーに通う常連客の一人で、今はワインショップで仕事をしている。
今月から転職し、以前いた業界とは全く違う分野で再スタートを切った。
出だしは順調で、マスターもワインを買いに来てくれた。
ー3ヶ月前ー
『マスター、白ワインくれ。』
俺は以前、近くのブランドショップで働いていた。
その頃は良くこのバーに立ち寄り、仕事とは関係のない話をしてから家に帰るのが習慣だった。
常連客とサッカーの話をしたり、ここでで知り合った女と遊んだり、それなりにストレスを発散していた。
その為、店や周りの客に迷惑をかけることが度々あった。
出世欲の強い俺は、更なる成長を求めて同じ業界で転職した。
しかし、同僚社員の退職が重なり、業務を兼任して大きな仕事量とストレスに悩まされる毎日だった。
俺はその環境に耐えきれず、転職先を探す前にその会社を先月で退職した。
そのことを今は後悔している。
現在幾つか同じ業界の面接を受けているが、どこも前向きな返事がないのだ。
私は採用の業務をしていた事もあるので分かる。
今の時代背景も手伝っているが、圧倒的に俺がオーバーキャリアなのだ。
即戦力になる高額な人間を採用するより、安い若手を教育した方が都合が良い。
俺にはまだ高校と大学に通う息子がいる。
妻は元々同じ業界の仕事を継続しており、今はその収入と貯金でやりくりしている。
あと半年ぐらいは何もしなくても生活に困らないが、流石に妻からの鋭い目線が気になる日々を過ごしている。
同じ業界で探すか、別の業界にするか。
『マスター、なかなか転職先が決まらなくてね。苦労しているよ』
『別の業界で、ワインに携わる仕事を探してみようかな。』
マスター『僕は以前ワインの勉強に集中していた時期があるので、力になれる事があったら言って下さいね。』
『ありがとう。』
元々、現役を離れたらワインに携わる仕事をのんびりやりたいと思っていた。
それもあってか、俺はしばらくワインの勉強に没頭した。
座学の得意な俺は、いろいろな人の協力もあり、短時間で結果を出すことができた。
ー2ヶ月後ー
『マスター、ワインの勉強でいい結果出たよ。』
『しかも、来月からワインショップで正社員として働く事になったよ。』
『本当にありがとう。』
マスター『おめでとうございます。勤務先決まったら教えて下さいね。』
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グラス一杯の物語【シーズン3】
東京銀座にひっそりと構えるバー。来店されるお客様と、今宵最高の一杯をお出しするマスターのお話。ダサくてもホットな気持ちにさせてくれるエピソ…
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