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カウンターレター #秋ピリカグランプリ応募作

拝啓 陰山努さま
昨日は素敵なプロポーズをありがとうございました。
まだ実感はわきませんが、努さんにプロポーズしていただけたこと、
大変うれしく思います。

私なんかで良いのでしょうか、というといつも努さんは
「朱里さんがいいんだよ」
と言ってくれましたね。
でも昨日だけは「こんな僕なんかで良ければ結婚してください」って言うからびっくりしてしまいました。
努さんのような素敵な人がへりくだってしまったら、
私のような女はどうしたらいいのでしょうか。
私こそ、こんな女でいいのか。嬉しいけれども踏ん切りがつかない気持ちでいっぱいです。

上手く言えなかったけど、出会ってすぐの時から今までずっとこんな私に誠実に付き合ってくれた努さんのことが好きです。
こんな私で良ければ、あなたの事を精一杯幸せにしたい。
だからこそ、今までの私の事を聞いて欲しいのです。
次に会うときに、私のすべてをお話します。
それでも好きでいてくれたのなら、結婚してください。

戸田朱里より



淡い水色の便箋につづられた文字が彼の胸を痛ませる。彼女は全てを打ち明けようとしている、そこにどれだけの希望と愛があるのだろうか。
彼は手紙をカバンにしまい込み、朱里へ返事を書き始めた。



手紙を出してから彼とは会えていない。
朱里は想いを振り切るように店に出勤し、指名客のためにバスタブに湯を張る。
若い時より緩んではいるものの、弛みきった訳じゃ無い身体を鏡でチェックしながら、客の欲望を解き放つ手助けをしていた。
四十路を過ぎて2年が経つが、いつまでこの仕事をしていられるのだろう。婚約までした男に逃げられた話をしたあとで、デリヘル嬢の運転手をしている木田という男から
「一緒に暮らさないか」と誘われた。
惚れてはいないが、渡りに船とばかりに彼の家に行くことにする。彼だけは彼女を見捨てないだろう。

嘘をついたから嫌われたのか。
あなたに打ち明けられない仕事をしていたから、離れていったのか。
墓場まで持っていくつもりだったのに、どうしてバレてしまったの?

真夜中に木田の寝顔を見ながら、朱里は陰山努の事を考えている。



木田は薄目を開けて朱里の顔を見ている。ずっと思っていた人と暮らせている喜びと、彼女の気持ちが遠くにある悲しみと。
どれだけ思っていても手には入らないのかもしれない。あの男はもういないのに。

――爪の間にめり込んだ土は、洗っても洗っても完全には取れない。
木田が山奥に埋めてきた男は、彼女の想い人だ。殺す気は無かったんだ。本当に。

朱里の目が細められた。心が読まれた気がして、木田は体を震わせる。大丈夫、バレてない。


彼は何度か深呼吸をして気分を落ち着かせると、朱里が寝息を立てているのを耳にして一安心した。
いつまでこの幸せが続くか分からないけど。

木田はそんなことを思いながら、陰山努の郵便受けから抜いてきた朱里の手紙をガスコンロで燃やす。
跡形もなくこの気持ちが消えてしまいますように。


                        <本文1198文字>

秋ピリカグランプリ応募作です。テーマは紙なので手紙の話を書いてみました。
先日出版した同人誌「探偵は甘すぎる」の第五話をモチーフにした作品となります。合わせてお読みいただけると面白いのではないかなと。

そうそうたる審査員の方々が揃われていて、ドキドキしますが楽しみです。
皆様頑張ってくださいませ~

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