目覚めたら鮭づくし #2000字のドラマ
私と彼は仕事の休みが合わない。なので、週末彼の家に遊びに行き、合鍵で中に入るのが習慣になっていた。
簡単に掃除をした後、私はコーヒーを淹れてくつろぐ。
まるで自分の家のように過ごす夜。
私と彼が付き合い始めたのは、別の人と婚約を決めて結婚式を挙げた後だった。
彼は私に婚約者がいるのを知っていた。けど、私達はこうして定期的に会っている。いけない事なのだろうかと、いなくなった猫の毛だらけのベッドに寝そべりながら私は思う。
ほどなく彼が帰宅し、私達は眠りにつく。明日は久しぶりに二人で過ごす休日だ。
翌日私たちは市場に行き、半身の鮭を買った。
私はそんな大きな魚は料理したことが無いので、彼が何か作ってくれるのだろう。
私達は抱き合った後、すとんと眠りについた。
翌朝私は、魚の焼ける香りで目が覚めた。
「出来たよ」
彼が優しい声で私を起こす。
テーブルの上には鮭のムニエルにホワイトソースをかけたもの、お造り、握りずし、カルパッチョが所狭しと並んでいる。
夕べろくに食べずに眠った私は、急に空腹を覚えた。
「お腹空いた」
「食べり」
豪勢な朝食をむさぼるように食べる。
香ばしいバターの香りが部屋を包んだ。
――と、私は自分の結婚式の時に食べそびれた豪華なコース料理のメインを思い出す。
あれもこんな鮭だったなあ。
「どした?」
「なんでもない」
朝からこんな濃いものを食べてどうするんだと思いつつ、香ばしいムニエルも、脂の乗ったお造りも美味しい。
「寿司も作ったんだ?」
「身がたくさんあったけね」
彼は笑いながらそう言うと、私に寿司を勧めた。
通常の回転寿司だと一皿二貫分が、一貫になったくらい大きい寿司だった。
「ずいぶんデカいね」
私は彼の手を見ながら言う。彼の手はグローブのように大きい。
俗に言う綺麗な手ではないけど、そのクリームパンのような掌は安心感がある。
寿司を一口。
脂の乗った鮭と、ちょっと酢のきつい酢飯は対照的だった。
誰かの作った寿司に似ている。
と思った時ふと気づいた。
「母さんの寿司に似てる」
うちの母は手足が大きい。
そんな母の握る寿司は酢が効いていて大きかった。
私と彼はこうして過ごしているのに、他人だ。
なのにこんなに懐かしいものを作れるなんて、卑怯だと思う。
朝から私は黙って涙を流し、彼はそれを気付かないふりで黙々と食べている。
私達はいつか、堂々と食事が出来るようになるのだろうか?
その答えはまだ出ていない。
<FIN>