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とうとう訪れた、その日

ふとこの方の記事を読んで思い立ったので書いてみた。

フロントは常に人手が足りない。気がする。

というか、現実、本当に足りない。

これは、近未来のような、近い未来のような、そんなフィクション。きっと、フィクション。


その日は暑い夜だった。陽が落ちても三十度を越える気温で、冷房が手放せない8月の初旬。佐藤の部屋のインターホンが鳴った。

「佐藤さん、とうとう、きましたよ、うちにも解約通知。」

そうため息をついて言ったのは、理事長の田中だった。

「3ヶ月後です、、、いつか来るとは思ってたんですけどね」

佐藤は、田中ほど冷静ではいられなかった。

佐藤は一昨年このマンションを買った。20世帯ほどのこじんまりとした世帯数。公園のそばにあり、駅は遠いものの、2棟立てで各フロア2世帯ずつでプライバシーも確保されている。
綺麗に白いタイルで揃えられた外観、築年数よりもずっと新しく見え、いい買い物をしたものだと思っていた。

買った直後の総会に参加して、自分の決断が少し早まったのではないか、と感じた。

総会は理事長と監事の高齢の女性のみが前に座り、参加者は自分のみ。

管理会社は竣工時から変わらない大手管理会社で、担当は若い女性だった。

総会の最後の議案になったときに、理事長である田中に声を掛けられた。

「佐藤さん、よかったら来期の監事やってもらえませんか。次の方が見つかるまでって岡田さんに無理矢理やってもらってたんですが、もう90になるので、変わってあげてもらいたいんです。日頃の業務とかは、私の方でやってますから、ご迷惑はお掛けしませんよ。」

岡田を見ると寝ているのか起きているのか分からない状態でただ、下を向いていた。

田中の穏やかな話し口調と、場の雰囲気に飲まれ、佐藤は二つ返事で役職を引き受けていた。

田中が言った通り、日頃特にやることはなく、時々田中や管理会社から回ってくる書類に目を通す程度だった。

そんなある日、管理会社から送られてきた更新の申し入れの書面。そこには、こう書いてあった。

月額10万円の値上げ、あるいは、解約。

佐藤は驚いて田中の家へ行くと、田中は穏やかな顔で出迎えてくれた。

「佐藤さんも、書類見ましたか。今、管理会社に連絡取ったところですよ。夕方に担当の津田さんが家に来ます。」

担当の津田は、いつも白い顔を青くして現れた。

「申し訳ありません。会社の方針なんです。」

そう話し始めた。

「人件費の高騰や建材費の増加もあって元々厳しかっだたんですが、今、弊社というか、業界が迎えているのは違った局面で、とにかくフロントマンが採用出来ないんです。この半年で応募はゼロです。退職者と休職者は増え続けています。このままでは会社が立ちいかなくなりますので、申し上げにくいのですが、費用をいただけていないマンションから値上げか、解約をお願いしております。全体の数を減らしてでも業務を回さないとならないんです。」

「こちらのマンションには長年お世話になっており、特に困った方もいらっしゃいませんし、田中様にも長年無理を言ってお世話になっておりましたが、今回は社内ですでに決定したことでして、一担当のわたくしにはどうすることも出来ません。お力になれず、本当に申し訳ございません」

津田はそういい終わると、恐る恐る田中の顔を見た。

田中は、変わらず穏やかな顔でこう言った。
「個人的には大変困りましたが、なんとか策を考えたいと思います。佐藤さん、他の皆様を説得して、値上げの提案をしましょうか。ここから新しい管理会社を探すのも大変ですからね。津田さん、引き続きお世話になりたいと思いますので、よろしくお願いします。」

それから、田中は住民にアンケートを取った。もちろん内容は月額5000円の管理費の値上げを問うものだ。
回収は半数に満たない9件。そのほとんどが反対であった。
説明会を開こうにも、参加者は反対した高齢者ばかりで、自分が生きている間には値上げはしてほしくない、年金で払えないと困る、そういった意見ばかりで、狂ったレコードのように繰り返す居住者もいた。

田中も佐藤も頭を抱えていた。

そのまま迎えた定期総会で、無理矢理委託費の値上げを上程したものの、否決された。その後、暫定契約として半年間の契約を結ぶこととなった。

このままでは解約になるのは目に見えている。新しい会社、どこでもいいから今と同じくらいの金額で契約してくれる会社を探すべきではないか。そう、田中に問いかけたが、田中は今の会社を変える選択肢は持ち合わせていないようであった。

何か策があるのであろう、そう佐藤は田中を信じるしかなかった。

そして、その定期総会から3ヶ月後、状況は何も変わらないまま、冒頭のような解約通知が届いたのであった。

田中から渡された解約通知を握りしめ、

「佐藤さん、こんなタイミングで申し訳ないのですが、理事長代わっていただけますか。」

「え?」

「実は、わたし部屋の売却が決まりましてね、週末には引越しすることになりました。」

佐藤は耳を疑った。

「築年数は古いですが、大手A社管理物件、って言うのが決め手になって、不動産屋さんが買い取ってくれることになりました。購入時より高くて何よりです。まあ、その管理会社も3ヶ月後解約になるなんて、私たち以外誰も真剣に考えていないでしょうね。」

「田中さん、ちょっと待ってください、ど、どういうことで」

「佐藤さんは何も感じませんでしたか?わたしはこの半年、ずっと考えていました。こんな住民と一緒にここで死んでいくなんてまっぴらです」

「まだ、3ヶ月ありますから、佐藤さんも早く売り抜けた方がいいですよ。」

「田中さん…」

「では、失礼します」

そういうと田中は玄関を閉めて出ていった。

翌日、田中の部屋のリフォームのお知らせのチラシと、理事長印と走り書きで申し訳ないとだけ書かれた付箋の入った袋が、佐藤の郵便受けに入っていた。

桐生「っていう話なんだけど…」

花井「桐生さん、、これ涼しくなる話というより、単純に気分悪くなるだけじゃないですか!せめてマンションで見た心霊話とかにしてくださいよ!!!」

桐生「だから、人間が1番怖いって話だよ、な、有田?」

有田「…そもそも監事は総会決議しないと理事にはなれないぞ?田中が佐藤に理事長頼むのは間違いじゃないか?」

桐生「…こいつに聞いたのが間違いだったわ」

おしまい

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