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深夜のラーメン屋で流した涙と駐車場トラブルについて


「もし、俺がお前がやったようなミスをしたら、一つの会社が潰れるんだ。」


花井は、言われた言葉を何度も何度も頭の中で反芻しては、出てくる涙を堪えながら言った。

「すみません、、わたし、本当に申し訳なくて…」

堪えきれない涙は彼女の丸い瞳を震わせて、そのまま流れていく。

「花井ちゃん、そんなに泣いても仕方ないから、、、」

「とりあえず、伸びるから食え」

「はい…」


ズルズル…


花井が新しく担当したのは、今までよりも少し立地のいい都心にあるマンションだった。

担当して早々のこと、新しく駐車場区画に空きが出たという連絡を管理員から受けた花井は、募集用の掲示文を作成し、管理員にFAXした。

後日、管理員から、応募は一人でしたので、その方に当選した旨を伝えました、と連絡があり、花井は契約書の作成に取り掛かった。

その一週間後の出来事である。

担当者を出してくれ、そういった連絡を受けた花井が電話を代わると、電話の向こうでは酷く不機嫌なお客様の声が聞こえてきた。

「今回、駐車場の募集をして、当選した石川だけど。当選したと聞いたから、もう車の申込をしたんだけど、後から送られてきた契約書みたら、車体の長さが10センチ短くなってて、入らないんだ。今回買った車が。もう手付金払ってるんだけど、もし止められないんだったら、おたくの会社が負担してくれるんだよね?」

花井は一気に捲し立てられるように話をされたことで、驚きと自分はとんでもないことをしてしまったのではないか、という恐怖で体が動かなかった。

「あ、…あの…」

電話口でまごついていると、
「とりあえずあんたじゃ話にならないから、上司からかけなおすように伝えてくれ」

そう言って電話は一方的に切られてしまった。

顔面蒼白な花井の唯ならぬ雰囲気を察した有田が、向かいのデスクから声を掛けた。

「花井ちゃん大丈夫?何かあったの?」

「あの…お客様がお怒りで、、契約した駐車場のサイズに誤りがあって、買った車が入らないからお金を払ってくれって…上司から掛け直しするようにと言われています…ごめんなさい…」

有田が課長に声を掛けた。

「ちょっとここだと花井ちゃんもやりにくいだろうから、会議室行こうか。吉本課長、とりあえず僕からその人に連絡してみます。」

その後、会議室に集まって、問題を整理した。

今回、花井が作成した募集の掲示文。そこに書かれていた、車のサイズの一部が間違えていた。
実はその区画だけ場所の関係で他の区画よりも長さが10センチ小さく、過去の募集案内を上書きして作成したことが原因だった。

吉本は掲示文と規約を見比べて言った。
「…ただ、一番下にサイズや区画の場所は、別途ご自身で管理規約や現地をご確認くださいって書いてあるんだな。」

「そうなんです。それを承知で、うちはプロなんだから間違えた責任とれ、と言ってきてるわけです」
有田が電話した内容を説明する。

「でも、その後作成して送った契約書は間違えてないんだろ?車庫証明も出してないのに、そもそもなんで車買えたんだ?」

「中古車というか、車関係の知り合い経由で買ったヴィンテージ物なんだそうなんすよね、、、1000万超えらしいっす」

1000万…花井は目の前が真っ暗になった。

「…でも、100%花井のせいってわけじゃないだろ…契約書締結前だし、、」

「もちろん、本人はそう言ってるって話です。吉本課長、僕としては、うちのミスは認めつつも金銭解決ではなく話し合いで解決したいと思います。明日の夜本人とアポとりましたので吉本課長と僕で行ってこようと思いますがいかがでしょう」

「…私も行きます」

「花井ちゃん、相手の指定した時間がかなり遅いし、、先方も来なくていいって言ってるから…」

「それでも行かせてください、私も直接謝りたいですし、自分のミスのせいで2人に迷惑かけてるのに、待ってるわけにはいきません」

「でも…」

「いいよ、有田。わかった、花井も行くぞ。でも、俺たちが話し合いして、最後に本人から謝らせてください、ってとこまで持ってったら呼ぶから。それまで車で待ってろ。」


話し合いは、石川の仕事が終わった後、22時から管理室で始まった。

携帯を握り締め、車の中で祈るように待つ、花井の姿があった。

途中で呼ぶから、と言われてから、1時間。

ピピっと、携帯が鳴った。有田だ。

恐る恐る管理室に行くと、奥で明らかに怒った顔の石川が座っていた。

「このたびは、私の作成した書面のせいでご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした」

沈黙が流れた数秒後、石川が口を開いた。

「俺は企業に融資する仕事をしている。毎日毎日同じような数字ばっかり見て、決済する仕事だ。もし、俺がお前がやったようなミスをしたら、一つの会社が潰れる。プロならちゃんとやれ。じゃなきゃ担当変えるぞ。」

「はい」

「さっき言った要望、回答電話でいいから」

そう言い残すと石川は管理室を出て行った。

「…申し訳ありません」

今にも泣き出しそうな花井を見た吉本が、こう言った。

「さすがに腹減ったな」


そして冒頭に戻る。


ズルズル…

「泣いてもミスが無くなるわけじゃないから泣くな」

吉本の言葉を聞いてさらに目を潤ませる花井。

「…ちなみに俺も昔、駐車場の引き落とし金額処理ミスって、100万の追加徴収したことあるぞ」

「え…」

「僕も駐車場の優先順位間違えて、這いつくばって近隣の月極30箇所くらい聞きまくったことありますねー」


「…みんな、似たようなことは経験してる。もちろんだから許されるってことはないけど、そもそも会社の仕組みでフォロー出来ない部分があるのも原因だし、そんなに自分を責めんな。」

「…はい」

「失敗した分だけ、引き出し増えるから、同じことを繰り返さないようにして、花井ちゃんにいつか後輩が出来たら、フォローしてあげたらいいよ」

その後、有田の手腕で数万円の金銭解決と駐車場の位置の調整により、この件は無事に解決となったのであった。

あの時、泣きながら食べたラーメンは、ほとんど味がしなかったと、のちに花井は話してくれた。

おしまい


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