平等ってなんだろう?〜初めてのエレベーター更新〜
「先輩、、、わたし、何がしたくてこの会社に来たのか分からなくなってきました…」
目の前であからさまにうな垂れる花井の姿を見て、桐生は思った。
「これは花井には荷が重かったかな…」
マンションが30年を超えた頃に、乗り越えなくてはならない壁がある。
それがエレベーター更新だ。
エレベーターは大体マンションの寿命を60年とかで計算した場合の折り返し地点にあたる、30年くらいで交換が必要になる。まさにマンションにとっては一生に一度、の工事である。
なので、フロント担当でもそんなに経験がある者は多くない。
※その辺はこちらの記事を参考にしてみてください
(🐀…丸投げか?)
https://mankanfront.jp/2021/02/08/エレベーターリニューアル工事~【準備編】実施/
ちなみにざっくりいうと、エレベーター改修工事には大きくわけて3つ方法があり、
制御系リニューアル
準撤去リニューアル
全撤去リニューアル
がある。
管理マニアの人でもない限りは、
制御系=脳みそだけ更新
準撤去=使えるものは残して更新
全撤去=ほぼぜーんぶ更新
くらいに思っておいてもらえばいいと思う。
そしてこのリニューアル工事期間は基本エレベーターが使えないのである。
中でも、全撤去リニューアルと言われるほぼぜーんぶ更新を選択した場合、シャフトと呼ばれるエレベーターが動く縦の空間のみが生かされて、籠から何から全部取り替えになるため、停止期間が1ヶ月を越えることもザラにある。
(以上説明終わり🐀!)
と言ったところで、出てきたとあるマンションのエレベーター更新。
「32年目を越え、メーカーから部品の生産がなくなり、在庫のみとなる見込らしく、更新の検討依頼があった。もし更新しない場合、メンテナンス契約の変更やそもそもメンテナンス継続不可になる可能性もある。花井は、初めてのエレベーター更新工事か。無事に工事完了まで行けるように頑張ろうな。」
教育担当の桐生の説明を聞き、担当の花井さくらは、燃えていた。
「はい!任せてください!」
花井はフロントを始めて2年目になる。新入社員時代から担当しているこのマンションには、思い入れもあり、30世帯の小ぶりなマンションでお年寄りも家族連れも結構いる。
「みんなが不便なく工事を完了させたいな…」
春の温かい日射しの中、公民館の一室で花井はエレベーター更新の提案をしていた。
「…以上が今回のご提案の主旨となります。」
説明が終わると、理事長から質問があった。
「花井さん、いろいろ難しいことが多くてよくわからないけど、まずはエレベーター交換するってこと?お金は大丈夫なの?
あとエレベーターが止まるってどのくらいになるの?」
「理事長、資金については、数年前からエレベーター更新に向けて資金計画を立てていたので問題ないと思われます。」
「それは安心したよ。」
「ただし、こちらのエレベーターは少し特殊なため、部分交換が出来ませんので、全撤去方式と言われる大掛かりな工事になります。その為、エレベーターの停止期間が、約1ヶ月となります。」
「1ヶ月!?結構大変だな…」
隣の副理事長も問いかける。
「その間って何か対策はあるんですか?」
「それが…」
「…ごくっ」
「ありません」
「!?(えっ)」
「あ、もちろん、荷物を運んだりしてくれる人を用意することは出来ます。(🐀専門の会社があります)
ただ、エレベーターは動きませんので、こうした会社を利用したり、一時私物置き場を設けたり、住民間でゴミ出しや帰宅時のお手伝いボランティアを募集したりしている事例が多いようです。
こうした対策費の為に、工事とは別に100万円を予算化しております。
まだ時間もありますのでみなさんでどんなサポートが必要か、アンケート取ってみましょうか?ニコリ
(…よし、昨日練習した通り説明出来た!)」
そう言って、各世帯にアンケートを取ることになった。
花井は事務所のデスクに集めたアンケートを広げて集計していた。やはり、生活に直結する工事はアンケートがよく集まるし、コメントが多い。
その中で、一つの要望が目に付いた。
"私は車椅子を利用しているため、工事期間エレベーターが利用出来ないと生活に支障があります。なんとかご配慮いただけませんでしょうか"
花井は、エントランスでよく見かける車椅子の女性のことを思い出した。車椅子をくるくる操って、マンションの小さなエレベーターにするりと乗り込む姿が印象的だった。
たしかに、あの方はエレベーターが一ヶ月使えないとしたら、大変だわ…
そうしたら…よし!
花井は、スマートフォンを取り出した。
翌月の理事会で、花井はアンケートの結果を報告した。
「アンケートの結果、荷物持ちの手配は必要という意見が多くありました。時間帯は午前中のゴミ捨てと夕方の買い物の補助の希望がほとんどでした。
また、その中で、602号室の中村様から、車椅子のため生活に支障があるとのご意見をいただきました。
近くのウィークリーマンションを探したのですが、駅からの道が平坦でなかったり、館内がバリアフリーでないことも多かったので、駅は変わりますが、中村様の通勤経路にある、バリアフリー対応のホテルを探しました。ここだったら安心していただけると思います。
30日間で25万円くらいになりますので、荷物持ちの会社さんの手配をしても、予備費内で収まります。」
事務所で、花井はアンケートを見て考えていた。
「中村様の場合、一ヶ月別のところに仮住まいしていただくのがいいんだろうな…」
そう思い、最初はマンションの近くのウィークリーマンションを探していた。しかしながら、仮住まいとはいえ、通勤に支障なく、車椅子でも快適に生活していただけるウィークリーマンションはなかった。
これじゃダメだな…
そう考えた花井は、ユニバーサルルーム付きのホテルを探していた。最寄駅には、ちょうどよいホテルがなかったので、中村様に通勤経路も事前に聞き取りし、ちょうどよいホテルを見つけたのであった。
花井は、自信満々で理事会に説明した。
(あれ…)
しかし、理事会の反応は何とも言えないものであった。
役員「車椅子とはいえ、その方だけを特別扱いするのはどうなんでしょうか…?」
「え…」
役員「他にもご高齢の方とかお子様もいる方もいますしね、、」
役員「まあ仮住まいするのは個人の問題ということで自己負担していただいた方がいいんではないでしょうか?」
確かにそういう考え方もある。でも、あの方は間違いなく一番不便を被るはずだ。それなのに。
「…承知しました。一度、社に持ち帰らせていただきます」
そして冒頭に戻り、デスクにうなだれている花井。桐生が見かねて声をかけた。
「まあ、ある程度の規模のマンションになったら今回の理事会の考え方が妥当だからな。花井はよく考えたと思うぞ。強いて言えば、先に根回しや費用負担について協議しておいた方がよかったとは思うけど、気持ちは大切だと思うし。」
鼻を赤くした花井がティッシュを両手にこんもり持って言った。
「わたし、この仕事をしている中で、お客様のために頑張りたい、花井さんが担当してくれてよかったって、そう思ってもらいたくて頑張ってたつもりなんです」
「おう、それは十分伝わってるよ(いっそ一生懸命すぎるくらいに)」
「このマンションのことはわたしが一番よくわかってるって、だから中村様のこともケアしなきゃって、、それなのに、結局、誰のためにもなってないんだなって思いました…ひとりでなんかなんでも出来ると思って、自惚れてたんですかね…(ぐすん)
先輩、、、わたし、何がしたくてこの会社に来たのか分からなくなってきました…」
桐生は言った。
「花井、お前が一生懸命お客様のために頑張ったことと、それを組合が受け入れず結果として上手くいかなかったことは分けて考えろ」
「俺らの仕事は、お客様の見えないところで先を読んで対応することだ。結果として、それが無駄になることも、理解されないこともある。むしろ、その方が多い。」
「それでも、その気持ちを捨てたらダメだ。これから先、何度もこういうことはある。それでも、お前が言った、"花井が担当でよかった"って、言われるような仕事をしたいって気持ちだけは捨てんな」
「それに、お前そんなんで諦めんのか?」
花井は顔を上げて桐生を見た。
「まだ一回断られただけだろ」
「…はい!!!」
花井は携帯電話を手に取った。
「もしもし、理事長、ご相談がありまして」
ー1年後ー
夏の陽射しが眩しい中、工事引き渡しが行われた。
そこに明るい顔で立ち会う花井の姿があった。
「あ、中村様!お戻りになったんですね!」
「花井さん、色々ご手配ありがとうございました」
「ご不便なかったですか?」
「はい、おかげさまで」
「よかったです!引き続きよろしくお願いします!」
あの日、花井は理事長に電話をかけた。自分がどういう気持ちであの提案をしたのか。
原理原則は個人負担であるのは間違いはないものの、今回30世帯しかないなかで明らかな車椅子の方は1世帯だけであること。どんな方にも安心して生活してほしいということ。通常のエレベーターに比べて停止期間が長い工事であること。今回は中村様の話であったが、また立場が変われば誰かがまた不便を感じる。そうしたときどきに対応していくのが、平等ではないかと考えていること。
理事長の反応は意外なものだった。
「わたしも花井さんに連絡しようと思ってたんですよ。あの理事会の後、妻と話をしていたんですが、中村さんは、バリアフリーの設備が整ってるマンションを探していて、うちのマンションを買うまでにも相当探されたそうです。これもマンションの価値ですよね。
また、昔各世帯に割り当てられてる駐輪場の下段ラックをうちの子のために譲ってくれていたそうです。
理事会では色んな意見がありましたが、このマンション30世帯の間の平等ということを私なりに考えたら、中村さんの仮住まい費用は、組合で負担するべきだと考えました。私から各理事に提案します。」
その後、総会議案としてエレベーター更新工事は上程され、無事に30日間の停止期間が終わったのであった。
🐀 まあ、今回は上手くいったけど、いつかさくらちゃんも自分の気持ちが無碍にされたりすることもあるから、、その時に持ち堪えられるかなあ
桐生 どうっすかね、、でもあいつ意外と芯はしっかりしてるから大丈夫じゃないすか?
🐀 …そもそもは、提案前にそういうところを確認して組合提案する前に整理してフォローしてあげるのが教育担当なんだけどな…( ^ω^ #) オイコラ
桐生 やべ、、あ、、ちょっと急ぎの電話が…!!
おしまい
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