ぼくの彼女はちいかわが好きだ
ぼくと彼女は吉祥寺に出向く際、必ずと言っていいほどコピス吉祥寺に寄る。吉祥寺駅北口から徒歩2分、ロフトの隣にある商業施設だ。ぼくらはもはやその商業ビルをコピス吉祥寺という正式名称では呼ばない。単に「コピス」と呼んでいる。ぼくは「コピス」の意味を知らない。きっと何か深遠な意味があるのだろうが、とりあえずいまのところ調べるつもりはない。ちなみに、ぼくと由梨のあいだで「コピスってどういう意味なんだろう?」なんて深刻な会話が交わされたことはない(交わすつもりもない)。
ぼくらはいつも、コピス吉祥寺の屋内に入るとエスカレーターに乗り(たまにはエレベーターに乗るけど)、6階まで上がってキャラパーク吉祥寺というエリアへ行く。キャラクターグッズのショッピングモールみたいな感じのところだ。由梨はリラックマやすみっコぐらしやちいかわといった系統のキャラクターが好きで、キャラパーク吉祥寺に入ると、ぼくらは必ずそれらのショップに立ち寄ることになる。ぼくはちいかわをかわいくないとは思わないが、そこまでかわいいとも思わない(問題発言)。由梨が「かわいいー!」とか「見て見てこれ!」とか言って普段より3オクターブ高めの声で騒いで瞳孔を開かせている時、ぼくは、目の前にいる常軌を逸したテンションの女性が想定外の凶行に走るのではないかと恐怖に身を凍らせる。
キャラパーク吉祥寺にはディズニーショップもある。ぼくはそこでトイ・ストーリーのグッズを見ると気分が上がるが、由梨はくまのプーさんのグッズに最大の関心を示す。プーさんのぬいぐるみやポーチや巾着袋的なやつを指さして「プーさんかわいい」とか言っている。ぼく的には黄色いくまよりその隣のクリストファー・ロビンのほうがはるかにかわいいと思うんだけど(問題発言)。ああクリストファー・ロビンかわいいよ、かわいい……本当にかわいい……もう18歳超えてるよね? 超えてないなんて言わせないよ? ねえぼくといまからホテル行こ? ラフェスタ吉祥寺行こ?(大問題発言)(逮捕)(有罪)(懲役5000年)
キャラパーク吉祥寺にて、ぼくと由梨の嗜好が一致する唯一の場所はスヌーピーショップだ。ここでは二人とも同じテンションで商品観察を楽しむ。そしてたまには商品を買う(毎回買え)。ぼくはこのお店で由梨に「似合うよ、かっこいいよ」と唆され、スヌーピーのジャージを買わされたことがある。赤色を基調とし、黄色や緑色のラインが織り込まれたド派手なやつだ。ぼくは普段こういうジャージを着るタイプの男子大学生ではない。こういうのは南米の陽気なサッカー選手が着てこそ似合う服だ(不適切発言)。とはいえ一度だけ、ぼくはこのジャージを着て大学に行ってみたことがある。サークルの同期、学科も同期の宮田がぼくの姿を見つけ、顔を引きつらせながら「目立つね……」と声をかけてきたあの日のことをぼくは忘れられない。
ぼくと由梨の価値観の相違が最大に表れるのは、キャラパーク吉祥寺の一個下の階、5階にあるシルバニアファミリーのお店でのことだ。このお店にいる時のぼくは完全に無表情となる。うさぎだかリスだかよく分からない小動物の人形を手にとりながら「かわいいねぇ……」などとニヤケている由梨の隣(または斜め後ろ)で、ぼくは感情を失った木偶の坊と化す。──言っておくが、ぼくはシルバニアファミリーには何の恨みもない。シルバニアファミリーは、万里の長城、ピサの斜塔、エジプトのピラミッドに並ぶ人類の至高の芸術の一つだと思っている(本当か?)。ただ、ぼくの不徳の致すところにより、ぼくはあの人形群に陶酔する彼女についていけません。もしコピスのシルバニアファミリーのお店で目を輝かせている女子と無表情な男子のペアを見かけたら、きっとそれはぼくたちです(ネタバレ)。
先日のこと。コピス吉祥寺の地下のオムライス屋さんでオムライスを食べながら、由梨はさっき買ったばかりのちいかわのぬいぐるみとお話していた(成人としてヤバい)。食事中にぬいぐるみ遊びするなんてはしたないぞ。せっかく時間を合わせてご飯を食べに来たのに、ぼくは何だか馬鹿にされているような気がして、「ねえ、ぼくとちいかわどっちが好きなの」と聞いてみた。そうしたら由梨は満面の笑みでこちらを見つめ、「ちいかわかなぁ……」と言った。はい。それでいい。きみには、きみに恋愛感情を持てないゲイの彼氏より、ほっぺたに照れ線が入っている正体不明の動物のほうがお似合いだ。ただ、一つだけ言っておく。ちいかわは授業の合間を縫ってわざわざきみの忘れ物を取りに行ってくれたりなんかしないぞ! 「傘を取りに来た者ですが……逆立ちしたパンダが口笛を吹いているデザインで……」って言われて、コピスのインフォメーションのお姉さん困ってたからな!