ぼくは他大学の劇団に嫉妬する

 ぼくは他大学の劇団に嫉妬する。先日、うちの大学の学祭があった。ぼくが所属する放送サークルは教室企画のアトラクションを出展した(どんなアトラクションだったのかを書くと大学名とサークル名を特定されるので書かない)。当初は企画自体にそこまで気が乗らなかったが、今回の出展の責任者の一人が深田だったので、ぼくはそれなりに積極的にシフトに入った。深田というのは一年の男子で、爽やかな高身長のイケメンで、ぼくが密かに恋心を寄せている後輩である。

 学祭2日目、由梨が女友達2名(サキちゃんとあともう一人)と一緒にうちの大学の学祭へ遊びに来た。バイトがあるから由梨がうちの学祭に来れる日はこの日だけだったのである。由梨というのは女子大に通うぼくと同学年の女子で、かつて「日本一かわいい女子大生」と評された女子で、ぼくの交際二年目の彼女である。ゲイであるはずのぼくになぜ彼女がいるのかについてはもう散々このnoteに書いたので説明しない。ぼくはサークルの出展のほうだけじゃなくて、サークルの一年の井上公輝が独自に企画した学生有志お笑いライブにも出演しなきゃいけなくて、由梨に構っている暇などなかったのだが、お昼ご飯はなぜか由梨と女友達とぼくの4人で食べる羽目になった(とても気まずかったので早めに食べ終えて逃げた)。

 学祭最終日、ぼくはサークルのシフトも入っていなくて暇だった。そこで、二年の藤沢を連れて他大学の学祭へ行くことにした。ここでは仮にその他大学の名をN大学としよう。学祭内でN大学放送研究会の発表会が開かれるので、渉外担当としてお邪魔しないわけにはいかなかったのである。……というのは建前で、実はぼくは放送研究会の発表会よりも劇団(演劇部)の公演のほうに行ってみたかったんですよね。N大学の学祭の特設サイトによると、放送研究会の発表会の終了後の時間帯に学生劇団の学祭内公演が行われるとのことだった。サークルで音声ドラマ(しかも舞台演劇寄りの音声ドラマ)の脚本・演出を務めてきた人間としては、同年代の劇団の連中がどういう舞台を作っているのか気になる。うちの大学の劇団の公演には真井(ぼくの漫才の相方)がいるから何度か行ったことがあるけど、他大学の劇団の公演なんてこういう機会じゃないとなかなか行けない。

 どうせ途中の乗換駅が同じなので、藤沢と池袋駅で待ち合わせてから電車に乗ってN大学へ向かう。想像以上に賑わっている。というのも、この日は某人気俳優(ぼくが似ているとたまに言われる俳優)のトークショーがこの大学で開催されるからなのである。チケットは完売しているらしいので残念ながらそちらには参戦できないが、とりあえずその俳優の顔が写った看板だけはスマホのカメラで撮っておいた。トークショー入場待機の行列を横目に、まずは模擬店で唐揚げを買って食べる。藤沢から「唐揚げは写真撮らなくていいんですか?」とイジられた(結局撮った)。

 そのあと、教室棟で開催される放送研究会の発表会へ向かう。一応これが放送サークル渉外部長としてのぼくの本日の業務である。受付でそこの渉外部長の大竹くんと挨拶を交わして教室に入る。客席に他大学の渉外部長の殿岡くんを見つけたので挨拶する(殿岡くんは本当にどこの大学の発表会にもいるからヤバい)。さっきの唐揚げがまだ残っていたので殿岡くんに一個あげた。客席を見渡すと、他大学の放送サークルの学生だけじゃなく一般の老若男女が来場している。羨ましい。本当はぼくも学祭で番組発表会をやりたかったんだよな。自分の作った音声ドラマを一般のお客さんにも観てもらいたかった。

 放送研究会の発表会のあと、模擬店でハンバーガーやら串焼きやらワッフルやらを買って、それを本格的なお昼ご飯にして野外エリアで食べた。まだ劇団の公演までは時間があるので、放送研究会の発表会と同じ号館で開催されるお笑いサークルのライブに行くことに。めちゃくちゃ面白かった。なんでこんなに面白いのかと驚かされるほどだ。藤沢とは「レベル高いですね」「公輝も一緒に観に来れたらよかったのにな」と言い合った(井上公輝はうちのサークルのシフトが入っていたせいでN大学に来れなかったのである)。

 お笑いサークルのライブが終わると、ちょうど劇団の公演の開場時間だった。あまりにもタイミングが良すぎるので、事前に両サークル間で終演時間と開場時間を調整していたのではないかと疑いたくなるほどである。会場のホールに入る。「ガラガラですね。全然ひと入ってない」と藤沢がこの日も毒舌を吐く。たしかに開演時間が迫っても客足はまばらだったが、それは会場が広いホールだから空席が目立って見えるだけで、少なくとも30人は来ていたんじゃないか。これだけ来ればまあいいほうだろう。

 ぼくはN大学の劇団について詳しいことは知らない。ただ、劇団のSNSを事前に確認して、今日の公演の出演者が5~6名であることは把握していた。それと、今日の公演で上演される作品がオリジナルの新作であることも承知していた。どうやらぼくより一個下の学年の男子部員が自分で脚本・演出を務めているらしい。ぼくは大学の劇団界隈に通じていないが、でも、完全自作の作品を上演するっていうのは珍しいんじゃないかと思う。有名なプロの劇作家の戯曲を使って公演を行うところが多数派なはずだ。

 開演時間になった。舞台が始まった。ここでその内容を書くと、ぼくらが観たのがどこの大学の学生劇団かバレてしまうかもしれないので書かない。別にバレてもいいのではないかと思われるかもしれないが、このあとの文章の流れ的にバラしてはまずい気がする。というのも、ぼくはこの劇団のこの日の公演──ぼくより一個下の学年の男子部員が自分で脚本・演出を務めた公演を観て、激しく嫉妬してしまったからだ。

 まず出だしがよかった。メタフィクション的なオープニングで、「これは明らかに演劇マニアが作った舞台だな」ということが伝わってきた。次に構成がよかった。現在と過去を行ったり来たりする複雑なプロットでありながら、わざとらしい説明台詞がない。登場人物の関係性についてもそうだ。細かい設定を台詞で説明することなく、最初はよく分からないのだが観ていくうちに彼らがどういう関係性なのかが徐々に分かっていくようなつくりの演劇になっている。

 上手い。ものすごく上手い。こんな上手いつくりのホンをぼくより一個下の素人の学生が自分で書いて演出したなんて信じられない。別に有名でもない学生劇団のくせに。嫉妬する。激しく嫉妬する。こんなことを書くと傲慢不遜に思われるだろうが、ぼくはこの世にぼく以上に上手い脚本を書く劇作家が存在するなんて思っていなかった。ぼくこそがこの世でいちばん上手い脚本を書く劇作家だと信じ込んできたし、実際にぼくは周りからそういう評価をされてきたのだ。「井の中の蛙大海を知らず」ということわざを思い出す。あと、悔しいことに演出もよかったんだよなあ。こうやって嫉妬心を覚えるっていうことは、たぶん、向こうのほうが劇作のスキルが「上」だってことなのだろう。ああ。ぼくは敗北を認めなければならない。この世にはぼくより上手い脚本を書ける人間がいる。しかも年下にいる。

 舞台の終演後、藤沢と一緒にN大学のキャンパスを退出して、一緒に池袋の大戸屋で晩ご飯を食べて、「じゃあまた明日」と言って解散するまでのあいだ、ぼくは平静を装っていたが、内心はズタボロだった。ぼくは自分以上の劇作家が他に存在しないから脚本を書いてきたのに、これじゃあぼくが書き続ける意味なんてないんじゃないだろうか。はあ。自分の才能にがっかりである。その日、ぼくは絶望的な気分で床に就いた。

 翌日。学祭の後片付けのため大学に向かう途中、ぼくは一つのことに気が付いた。たしかに昨日の学生劇団の公演の脚本は「上手い」ものではあったが、必ずしも「面白い」とは言えなかったのではないか。作品のテーマというかメッセージも前時代的で気持ち悪かったし。だいたいあの作品にはユーモアってものがない。その点、ぼくの書く脚本はユーモアだらけである。日常をユーモアで彩る才能はチェーホフはだしだ。それにぼくはコントの台本だって伸縮自在に書けるもんね。そうだよな。ぼくは「上手い」っていうより「面白い」タイプの脚本家だよな。はい。ぼくは大丈夫です。ぼくはかけがえのない劇作家です。「上手さ」はもう十分なので「面白さ」を極めていくことにします。文化庁芸術祭を狙ってるわけじゃないんだから上手さなんて誇ったところでしょうがないし。……ええと、何の話をしてましたっけ? ぼくがN大学の学園祭に行って自分の尊さに気付いたって話でしたっけ? そうなんですよ。他人と比べてどうこうってわけじゃないんですけど、ぼくはやっぱり自分の作風が大好きなんですよね。え? 「嫉妬」? なんですかそれは。そんなものはぼくとは無縁の感情です。濡れ衣を着せるのはおやめいただきたい。お話し中申し訳ありませんが、そろそろ大学に着くのでこれにて失礼します。これから学祭の後片付けをしないといけないんで。それでは本当に失礼します。あ、構内は関係者以外立入禁止ですよ!

 ……ただなあ、劇団における俳優の存在。こればかりはぼくも全面的に嫉妬せざるを得ない。当然といえば当然だが、劇団の俳優は自分の台詞を暗記している。手に台本を持っていたりしない。しかもきちんと演技している。たしかにうちのサークルの部員も演技をしてはいるのだが、芝居をするために集まった連中ではないので劇団の俳優と比べると見劣りする。まるで大人と子ども、劇団俳優座本公演と大田区立中学校学芸会だ。さらに劇団の俳優は丸暗記した台詞を感情を込めて表現するだけでなく、歩いたり跳ねたり手を振ったりといったアクションを同時に繰り出す。音声ドラマの作り手でありながらこういうことを言うのはなんだが、ぼくは本当はこういう動きのある演劇をやりたいのだ。だから演出に重きを置いた音声ドラマを作っていたりするのだ。舞台を観に行く度に思うことだが、他大学の劇団の舞台を観たことで余計にぼくは「入る部活を間違えた」との思いに駆られたのだった。

 とはいえ、ぼくは放送サークルに入ったことを後悔していない(結局お前は何が言いたいんだ?)。うちのサークルにはぼくが必要だったし、ぼくにはうちのサークルがお似合いだ。岩下が主演して、堀切が助演して、篠丸がミキサーを務める音声ドラマ。ぼくの人生においてこれ以外を作る大学生活はあり得なかった。このサークルに入っていなければ、ぼくは深田にだって出会えていなかったわけだしね(ついでに由梨にも)。ぼくは本当は分かっている。ぼくは誰にもどこにも嫉妬する必要なんてない。ぼくの人生はいい人生だ。ぼくにお似合いのいい人生だ。その証拠に、ぼくはこのサークルを辞めずにここまで続けてきたし、いまは引退発表会で上演する音声ドラマの構想を進めている。

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