ぼくは青鳥特別支援学校ベースボール部を推す
ぼくは青鳥特別支援学校ベースボール部を推す。それは2024年8月17日午後11時のことだった。ぼくが自宅のリビングのテレビをつけると、たまたま、本当にたまたまなのだが、NHK総合の『Dear にっぽん』という番組がちょうど始まるところだった。
『Dear にっぽん』はぼくもたまに見ている番組だ。日曜日、家を出る前にぼくは『Dear にっぽん』を見ながら朝食を食べたりしている。優しい視点のドキュメンタリー番組といった感じで、取り上げるテーマもいいし(ぼくのお気に入りは山形の舞妓会社がテーマの回と愛知の保見団地がテーマの回)、「ひと」に焦点を当てているところがいいし、25分で終わるところもいいし、大貫妙子っぽいけど違うひとが歌っているテーマ曲もいい。
「あれ? こんな夜遅くに『Dear にっぽん』? 再放送かな?」と思って見ていると、今夜の回は、今年7月に全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)地方大会に出場した特別支援学校の野球部がテーマの回だということが分かった。……というか、冒頭のナレーションで「今回は前例のない挑戦。知的障害がある球児たちだけで甲子園を目指して地方大会に出場したのです」とさっそく言っていた。
その特別支援学校の野球部の名前は、東京都立青鳥特別支援学校ベースボール部。ぼくも東京都立高校の出身なのでなんか親近感が湧く。世田谷区ってぼくが住む大田区の隣の区だし。まあ、三軒茶屋とか二子玉川とか、しょっちゅう行くわけじゃないですけど。
大まかに言うと、番組は「プロローグ+3つの章+エピローグ」で構成されていた。プロローグは、今年春の新入生への部活説明会だ。キャプテンの白子くん(3年生)が新入生たちを前にベースボール部の説明をする。最後に帽子を脱いで坊主頭を見せて、「坊主は強制ではありません。安心してください」とオチをつけるところが素敵だ。
続いて第1章。白子くんを個人的にフィーチャーしたパートだ。白子くんはヤクルトファンで、村上宗隆ファンで(豪快なホームランを打つところが好きらしい)、小さい頃から野球を観戦しに行っていたが、中学では障害を理由に野球部入部を断られたのだという。代わりに百人一首部に入ったが、下校時に野球部が練習している光景を見て複雑な感情になったそうだ。障害があるという理由で入りたい部活に入ることさえ許されない。そんな現実があることを恥ずかしながらぼくは初めて知った。
ここで青鳥特別支援学校ベースボール部の久保田浩司監督(顧問の先生)の回想が挟まる。久保田監督も当初は知的障害がある生徒が硬式野球をやることに不安を感じていたそうだが、白子くんが貯金をはたいてグローブを買ったのを見て、「生徒の気持ちに応えなければ教員ではない」とベースボール部創設の決意を固めたらしい。立派な先生だなあ。
走り込んでベースを踏む練習の場面へ。ベースの端にバッテンの目印が描かれてある。久保田監督いわく、知的障害がある生徒は視覚的な説明のほうが物事をより理解しやすくなるのだという。でもこれって、知的障害がない生徒にとっても好ましい練習法だよな。「ここを踏め!」っていうバッテンはすべてのひとの役に立つ。「障害者にとって住みやすい社会は健常者にとっても住みやすい社会だ」みたいな話をたまに聞くが、これはその具体的な実例の一つだと思う。
続いて第2章。部員の一人である後藤くん(2年生)をフィーチャーしたパートだ。監督からキャッチャーに指名されて喜んでいる。めちゃくちゃ喜んでいるので、見ているぼくまでつられてうれしくなっちゃう。後藤くんが練習で苦労している場面が写し出されるが、後藤くん本人は「練習でくじけていたら試合でもくじけてしまう。プラス思考でやっていくことが大切だと思っていますね」と明るく捉えているところが素晴らしい。ぼくみたいなネガティブ人間は見習わなきゃならぬ。
ただ、この時にぼくは一つのことに気付いてもいた。……あれ……? 後藤くん、うちのサークルの後輩の木村にそっくりなんですけど……?
顔も似ているし、しゃべり方も似ているし、体つきも似ているし、元気な雰囲気も似ている。背は後藤くんのほうが高いし、声のトーンは木村のほうが高いけど。さすがに二人が並んだら見分けがつくだろうが、後ろ姿とか横から見た姿とかだったら見間違えてしまうほどのそっくり具合だ(ぼくの視力がどんどん悪化しているせいもあるが)。「双子のようだ」と言ったら大げさですけど、少なくとも「兄弟のようだ」とは言っていいだろう。ぼくは青鳥特別支援学校ベースボール部にますます親近感が湧いた。
続いて第3章。やってきた7月7日。全国高校野球選手権西東京大会、都立東村山西高等学校対都立青鳥特別支援学校の試合の日だ。東村山高校関係者のみなさんには申し訳ないが、この時点でぼくは完全に青鳥特別支援の味方である。白子くんは先発メンバーに選ばれなかったがベンチから選手たちに声をかけ、後藤くんはマスクを被ってキャッチャーボックスに立つ。実際の試合の映像は「バーチャル甲子園」というサイトで見られます(無料)。
1回表から青鳥特別支援学校は東村山西高校にどんどん点数を取られていくが、アウトを何度も取ったり、三振を何度も奪ったりして、ぼく的には大健闘しているように見えた。この学校に入ってから野球を始めた部員ばっかりであることを考えると尚更そう思う。特に、ほぼ出ずっぱりのピッチャーの首藤くん(3年)が凄腕である。
結果は66対0、5回コールド負け。ずいぶんな大差だが、全国高校野球選手権の地方大会では過去には「122対0」という試合もあったそうで、それを考えると、初出場でほぼ全員が初心者なのに「66対0」で抑えられているのは大健闘だと思いません?(というのは評価甘すぎですかね?)
でも、試合は試合としてきちんと成立していたわけで、少なくとも「知的障害の生徒に硬式野球は無理」とか「そもそも試合にならない」といった偏見が誤りだったことは証明されたと思う(その意味でも全員怪我なく試合を終えられたことはよかった)。青鳥特別支援学校の今回の敗因は「弱かったから」ということに尽きるんじゃないかなあ。よそのチームと比べての経験不足や練習不足が響いたっていうか。いや、ぼくは元球児でもなければ野球に詳しいわけでもないんで、偉そうに言えた立場じゃないんですけどね。
野球に詳しくないついでに素朴な感想を言わせてもらえば、青鳥特別支援学校ベースボール部の全部員がこの試合でバッターボックスに立てたのもよかった。キャプテンの白子くんも5回裏、代打で登板。見逃し三振に終わったけど、夏の甲子園地方大会の試合でバッターボックスに立ったっていうのは一生の誇りになるプライスレスな経験だろう。イーロン・マスクがどんなに大金をはたいたところで今さら球児としてこのバッターボックスに立つことはできないのだから。
最後にエピローグ。3年生(白子くんと首藤くん)が引退して新体制が始動、白子くんが「自信がつきました。野球ができてよかった」と振り返る様子が流れる。ついでに言うと、ここで『Dear にっぽん』のテーマ曲「魔法みたいに」がBGMとして流れる。この曲、めちゃくちゃいいんだよなあ。ズルいぐらいに優しくドキュメンタリーを引き締めてくれる。
番組が終わって、ぼくはさっそく木村にLINEを送った。「木村に似ている高校球児がNHKに出てたよ!」という内容である。ただ、これだけじゃ何のことだか分からないと思ったので、PCでNHKプラスのサイトを開いて、いまさっき終わったばかりの『Dear にっぽん』の見逃し配信を再生して、スマホのカメラでPC画面を直撮りして、「この子!」と画像を送った。ぼく的には自室でインタビューに答えている時の後藤くんの顔つきがいちばん木村にそっくりだと感じたので、それを撮ってLINEで送った。
ぜんぜん既読にならない。せっかくだから最初の部分だけ番組を見直そうかと思い、『Dear にっぽん』見逃し配信をオープニングから再生。結局、25分間まるまる見てしまった。白子くんの夢が叶ってよかったなあとか、このベースボール部は雰囲気がいいよなあとか、周りの大人たちもうれしかっただろうなあとか、後藤くんはやっぱり木村に似ているなあとか思いながら25分間まるまる見てしまった。
木村からは翌日の昼過ぎに返信が来た。「少し似てますね!笑」「会ってみたいです」という返信だった。ぼくはNHKのディレクターでもなければスポーツライターでもないので後藤くんとコネクションはないし、そもそも会ったところで何の意味があるんだと疑問に思ったが、まあ、この夏休み中も木村が相変わらず元気そうなのが分かってよかった。
それから見逃し配信が終わるまでの一週間、ぼくは毎日『Dear にっぽん』の見逃し配信を見た。同じ番組を何度も繰り返して見て飽きないのかとツッコまれそうだが、これが飽きないんですよねえ。なぜなら、ぼくはもうすっかり青鳥特別支援学校ベースボール部のファンになってしまったからなんですねえ……。どれぐらいファンになったかというと、由梨(彼女)と一緒に東京ステーションギャラリーに行ったついでに丸善丸の内本店で青鳥特別支援学校ベースボール部の公式本(?)『待ってろ! 甲子園』を買っちゃうぐらいにはファンになりました。
![](https://assets.st-note.com/img/1724950444132-rRuHbN1QTO.jpg?width=1200)
この『待ってろ! 甲子園』という本は現3年生が2年生だった時に書かれた本なので部員情報はちょっと古いのだが、『Dear にっぽん』を見ただけでは分からなかったエピソードが書いてあって、部員たちの写真もいっぱい載っているから見応えがあって……っていう話をここで始めると長くなるので今日のところは割愛します。
NHKクローズアップ現代のX(旧Twitter)によると、『Dear にっぽん』青鳥特別支援学校ベースボール部特集回には「久しぶりに心が熱くなりました」 「彼らの青春に感動しました」 「私も生きる意味を教わりました」という視聴者の声が寄せられたそうだ。
「久しぶりに心が熱くなりました」
— NHKクローズアップ現代 公式 (@nhk_kurogen) August 19, 2024
「彼らの青春に感動しました」
「私も生きる意味を教わりました」#Dearにっぽん で放送した#高校野球 史上初の挑戦
青鳥特別支援学校「ベースボール部」
大きな反響が寄せられています!https://t.co/i2orgsTQFZ
👆【番組の感想を見る・書く】✉ pic.twitter.com/KokN6xpG9D
だが、ぼくの感想はちょっと違うんだよな。ご本人やご家族や関係者各位には失礼かもしれないが、「感動しました」とか「生きる意味を教わりました」とか「障害があっても頑張る姿に勇気をもらいました」とかじゃなく、単純に青鳥特別支援学校ベースボール部とその選手たちを好きになった。チームの雰囲気のよさ、選手たちの親しみやすさ、チャラチャラしていない感じ……そんなあたりに惹かれてファンになったのだ。
そういうわけなので、あの晩に『Dear にっぽん』がもし他の高校の野球部を取り上げて魅力的に伝えていたのなら、ぼくは青鳥特別支援学校を知らないままそっちの野球部を応援していた可能性がある。なんとミーハーな……と思われるかもしれないが、どこかの球団のファンになる動機なんてだいたいそんなもんじゃないですか? 「なんとなく雰囲気を好きになったから」とか「なんとなくイメージがいいから」とか。あるいはもっとシンプルに「地元の球団だから」というのもあるな。
もちろん、これまで野球をやりたくても障害を理由にプレーすら拒まれてきた生徒たちがこの学校では野球ができるので頑張っている、というドラマには惹かれるものがある。ぼく自身、そのドラマ込みで青鳥特別支援学校ベースボール部を応援していることは否定しない。そこは無視してはいけない要素だとも思うしね。
実際、ぼくは青鳥特別支援ベースボール部を好きになってから特別支援学校(特に都立の特別支援学校の高等部)にも関心を抱くようになって、日々の学校生活だとか、部活動だとか行事だとか、普通科だけじゃなく職能開発科や就業技術科というのもあるんだとか、そのための受検もあるんだとか、卒業後の進路だとか、そういうことを調べるようになった。調べたところでそれがどうしたって話ではあるんだけどさ。でも、ぼくは特別支援学校について「存在する」以上のことをよく知らないでここまで生きてきてしまったので、このタイミングで青鳥特別支援学校ベースボール部を知り、それがきっかけで特別支援学校自体にも関心を抱くようになったのはよかったと思っている。ちょっと大げさな言い方をすれば運命だったのかもしれない。
ぼくは青鳥特別支援学校ベースボール部を推す。NHKプラスの見逃し配信が終わってしまったいまになってこの話をnoteに書いている自分はどうかと思うが、この回はNHKオンデマンドで有料配信中らしいので富裕層の方はそちらをどうぞ。ぼくとしては地上波での再放送を期待します!
青鳥特別支援学校ベースボール部のファンとしては、これからベースボール部がどんどん飛躍していくことを願う。それから、野球をやりたいけど障害を理由にやらせてもらえない子どもは年代や地域を問わずいると思うので(というか現にいるので)、色んな地域の色んな学校で硬式野球ができる環境が整っていくことを願う。大谷翔平のグローブは特別支援学校の小学部にも届けられていることだしな。「野球ができてよかった」と言う子どもが増えることはどう考えても「よい」ことだ。