ぼくは子どもに絡まれる

 ぼくは子どもに絡まれる。本日のnoteは、いまから10か月前に書いた「ぼくは子どもに好かれやすい」の続編というか、最新情報アップデート版だ。ぼくは相変わらず子供に好かれやすい。……いや、「好かれやすい」っていうか「絡まれやすい」。これはたぶん、ぼくが身体年齢は21歳(もうすぐ22歳)なのに精神年齢が11歳(せいぜい12歳)だからだと思う。ぼくは子どもから仲間だと思われやすいのだ。

 ぼくは先月の下旬、学校帰りに国立科学博物館へ行って、2階の企画展示室で企画展「高山植物~高嶺の花たちの多様性と生命のつながり~」というやつを見てきた。という話は、「ぼくは高山植物展へ行く」という記事に書いた。なぜか6,000字を超える異常長文記事になった。

 その日、ぼくは高山植物展を見終わり、アンケート用紙に感想を記入したあと、せっかくなので1階のミュージアムショップへ向かった。もちろん、何か買いたいものがあったわけではない。ただの冷やかしである。あと、何か買いたいものがあったとしてもどうせ買うことはできない。ぼくは由梨(彼女)から「11月は出費が多くなるだろうから無駄遣いするな」とキツく注意されていたのである。

 ミュージアムショップに入ると、校外学習だか移動教室だか修学旅行だか知らないけど、制服を着た中学生や高校生の集団がいっぱいいて、それとなぜか私服の小学生たちもいっぱいいて、店内はだいぶ混み合っていた。

 「300円で買えるものなんてないよ~!」と嘆いている男子小学生、「ねえねえ、あっちに宇宙食あったよ」と話している女子中学生、「えっ、宇宙食? マジ!」と興奮している男子中学生、真剣な表情で科博オリジナルネクタイの品定めをしている男子高校生などを目の当たりしながら、ぼくは微笑ましい気持ちになった。青春の一コマって感じで大変よろしい。ぼくはこういう「日常の風景」が好きだ。

 ぼくは文系ながら高校時代は天文部に入っていたので、天文学に興味がないわけではない。そういうわけで、ぼくは国立科学博物館のミュージアムショップへ行くと必ず「宇宙・鉱石コーナー」へ寄る(たしかそんな感じの名前のコーナーだったはず)。改めて行ったところで特に品揃えが変わっているわけではないのだが、それでも必ず寄る。これは元天文部としての性だ。

 宇宙関係のグッズを眺めていると、ぼくの背後から「……るからなー……るんだよなー……」という小さな子どもの声が聞こえてきた。振り返ると、保育園児か、幼稚園児か、小学1年生かぐらいの男の子が一人でいる。そして、透明のケースに入れられた鉱石が並ぶエリアを見渡しながら、なにやら独り言をつぶやいている。

 何を言っているのかちょっと気になったので耳をそばだてると、その小さな男の子は「アクアマリンはぜんぶ持ってるからなー。アクアマリンはぜんぶ持ってるんだよなー」と言っているように聞こえた。

 ……アクアマリン……? たしかそんな名前の水族館があった気がするけど……鉱石の種類だろうか。っていうか、この子はなぜ鉱石コーナーに一人でいるんだ? 保護者はどこにいるんだ?

 あたりを見回しても保護者らしき人物は見当たらない。しかし、男の子に焦っている様子はない。妙に落ち着いた態度で鉱石を品定めしている。その姿はベテランのジュエリーバイヤーのようですらある。もしかしたらこの子は本当は45歳とかで、江戸川コナン的な出来事があって子ども化しているだけなのかもしれない。

 ぼくが気になってその男の子を見つめていると(不審者って言うな!)、視線に気が付いたのか、男の子はこちらをチラッと振り返ってぼくの目を見た。目と目が合った。たしかに合った。そして、ぼくに向かって「アクアマリンはぜんぶ持ってるからなー」と言った。

 完全に話しかけられている。ぼくは5歳か6歳ぐらいの男児に話しかけられている。どうしよう。どうしよう。何か面倒なことになりそうな予感がしたのでぼくはその場を離れようと思ったが、もしここでぼくが無言で立ち去ったら、男の子は「自分は大人に無視された」と感じるかもしれない。大人に無視されたことがトラウマになり、「大人なんて信用できない」「人間なんて信用できない」と感じて自分の殻に閉じこもるようになってしまうかもしれない。ぼくのせいでそんなことになったらまずい。ぼくは青少年の人生に悪影響を与えるような立場にはなりたくないぞ。

 おそるおそる、ぼくは「……そ、そうなんだ……すごいね……」と小さな声でつぶやく。男の子に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声である。そうしたら男は、ぼくからパッと目をそらし、再び鉱石コーナーを見渡しながら「アクアマリンはぜんぶ持ってるからなー。アクアマリンはぜんぶ持ってるんだよなー」と独り言を言い始めた。

 おい、無視かよ! 聞かなかったことにして無視かよ! 話しかけられたからリアクションしてあげたのに無視されて、これじゃぼくのほうが「子どもなんて信用できない」とトラウマになりそうである。 

 心が無になった。その場を去ることを決意しつつ、さっきからこの子が連呼している「アクアマリン」ってやつは何なのかだけ確認しておこうと思って鉱石コーナーに目をやる。……あー、これか。これがアクアマリンってやつか。なんでこの子がアクアマリンをぜんぶ持っているのか不明だし、「ぜんぶ持っている」という言葉の意味も不明だが(まさか世界中のすべてのアクアマリンをこの子が独占しているわけではあるまい)、ぼくはもうこの場には用がないので帰ります。本当にありがとうございました。

 ミュージアムショップの出入口へ向かう。すると、出入口の近くのところに、先ほど2階で見てきた高山植物展の関連コーナーが設けられてあって、高山植物にまつわる書籍も並べられてあった。中でも、工藤岳著『日本の高山植物 どうやって生きているの?』という新書判の本が読みやすそうでよさそうだ。今度図書館で借りて読んでみようかなあ……などと思っていると、おい! さっきのアクアマリンの男の子(もはやそう呼ばせてもらう)がぼくの隣に来ているではないか! きみとの縁はさっき切れたはずだぞ! どうして今度はぼくの隣にいるんだ!

 その男の子は今度は高山植物展の関連商品を手にとって眺めている。どうしたものかとぼくがオドオドしていると、数秒後、その子の母親らしき女性が男の子のもとへやってきた。ふう。どうやらこの子は保護者と一緒に国立科学博物館へ来ていたようだ。あと、この子は45歳のジュエリーバイヤーではなく5~6歳の小児だったようだ。

 そのあとぼくは、その親子が会話している隙にミュージアムショップを立ち去り、国立科学博物館を出てJR上野駅へと向かったのだが……ただなあ……ぼくにはいまだに気になっていることが一つある。それは、ミュージアムショップの鉱石コーナーと高山植物展関連コーナーが距離的にだいぶ離れていたということだ。ぼくの思い過ごしかもしれないけど、あの男の子はぼくのことが気になっていたんじゃないだろうか。それで、ぼくが鉱石コーナーを離れたあと、ぼくのあとをついてきていたんじゃないだろうか。そうとでも考えないと、鉱石コーナーにいたはずのあの子が高山植物展関連コーナーに移動してきていた理由が説明つかない。

 そうなんだよな。ぼくは子どもに好かれやすい体質なんだよな。好かれやすいっていうか、懐かれやすいっていうか、絡まれやすいっていうか。ぼく自身は別に子どもが好きってわけでもないのに。まったく困ったもんだよ。まあ、具体的な実害がないからクレームはつけないでおくけどさ。ただ、ぼくの近くにいつの間にか子どもがいたりすると、ぼくはその度に「うっ」と思ってドキドキする。何か悪いことをしているわけではないのだが……

 まあ、最初に書いたように、ぼくが子どもに絡まれやすいのはぼく自身が子どもから同類だと思われているからなので(だと思うので)、今後絡まれないようにするためにはぼく自身が大人に成長しなければいけないんですけどね。ただ、人間の精神年齢なんてそんな簡単に上がるもんじゃないと思うし、上げようと思って突飛なことを始めたら逆に悲惨なことが起こる気がするのでやめておきます。いまはただ、この理不尽な状況を甘んじて引き受けるのみだ。

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