ぼくは月一で父に会う

 やあ、みんな。ぼくは実家暮らしの大学生だ(唐突な自己紹介)。ぼくにきょうだいはいない。父、母、ぼくというのがぼくの家族構成である。ただ、ぼくが高校に入学してほどなくして父が家を出ていったため、ぼくは父とは5年前から同居していない。現在は母との二人暮らしである。ぼくはこの状態をかなり快適に感じている。

 父と同居していた頃、ぼくにとって父はそばにいると緊張するような相手だった。暴力を振るわれたり不機嫌な態度で威圧されたりしていたわけではなかったが、ぼくの思春期だとか反抗期だとかいう事情に関係なく、もともとなんとなくソリが合わなかった。ぼくが中学校に上がる頃には父と母の仲も冷え切っていて一種の家庭内別居状態だったので、ぼくも家にいる時は自分の部屋に閉じこもっていることがほとんどだった。テレビを見るわけでもなければリビングにいる必要はなかったからね。

 ぼくの父は朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる人間だった。父親を交えて家族3人で朝食を食べるのは、父の仕事がない日曜だけだった。それでも父は日曜も仕事か何か(具体的には知らない)で家を空けることが結構あって、日曜の朝だって家族全員でご飯を食べるのがお決まりというわけではなかった。夕食のほうはどうだったかな。小学生の頃には家族全員で食卓を囲んだり外食に行ったりもしたけど、中学生以降に「家族全員で」っていうのは一度か二度しかないかもしれない。

 父が家を出て行った理由をぼくは知らない。母からは「お父さんはもうこの家に帰らないから」という通達があっただけで詳しい説明はなかったし、ぼくも興味がないのでいまだに尋ねていない。父が家を出ていっても母は普段通りで、もちろん取り乱したりもしなかった。まあ、息子の知らないところで、事前に夫婦間での話はついていたんだろう。ただ、この夫婦は民法上の意味で離婚はしていない。父は変わらず母とぼくに宛てて生活費を振り込んでいるので、経済的な環境も変わっていない。

 父が家を出ていったことで、ぼくは自宅にいる時に緊張しないで済むようになった。これはぼく的には非常に快適な展開で、ぼくは父が家を出ていってくれたことに心の底から感謝している。おかげでぼくは高校時代に「家に帰りたくない」と思い悩まされることがなかった。特に高校生活最後の一年間は緊急事態宣言に伴う外出自粛、登校制限の真っただ中だったので、あの時期までに父が家を出ていってくれていて本当に助かった。

 一方、ぼくの母は多少口うるさいタイプと言えなくもないが、一緒にいて緊張するような相手ではない。そもそもぼくはコンビニで夜勤+朝番のバイトをしているし、母も日中はパートで働いているので、顔を合わせるタイミングがあんまりないのだ。土曜のぼくは学校の授業もバイトのシフトも入れていないので昼まで寝ていることがほとんどで、ぼくが起きた頃には母はもうパートに出勤している。日曜のぼくは彼女にデートを強制されているので(言い方)、帰ってくるのは21時過ぎか22時過ぎが多い。ぼくと母は顔をよく合わせるわけではないが顔をまったく合わせないわけでもない。ぼく的には母とのこの距離感がちょうどよかったりする。

 半年ほど前、父方の祖父のお葬式があった。母は参列せず、学校帰りにぼく一人で斎場へ向かった。ぼくはそこで久しぶりに父に会った。お焼香だけ上げてサッと帰るつもりだったが、やはり久々に顔を合わせた伯母に「上でお寿司食べていきなよ」「お父さんには会った?」と促されてしまい、ぼくは参列者のひとたちの相手をしている父のところへ行って、「……あの、どうも」と声をかけなきゃいけなくなったのだった。父は笑顔で「ああ、来てくれてありがとう。わざわざ悪いね」と言葉を返してきた。

 斎場の二階でぼくが居心地悪そうにお寿司を食べていると、近付いてきた父から「お母さんに内緒で月に一度会わないか。どこかの店で晩飯を食べよう」と提案された。拒絶するのはさすがに気が引けたので、ぼくは「……二か月に一度でどうですか?」と逆提案してみたのだが、なぜかそこは父も引かず、「いや、一か月に一度で」と押し通されてしまった。「……はい。分かりました」。ふーむ。面倒なことになったぞと思いつつ、ぼくは「じゃあぼくはそろそろ……バイトがあるので……」と言って斎場を去った(実際にはその日はバイトの夜勤は入っていなかったが)。

 そういうわけで、ぼくはいま、月一で父と会っている。父の現在の住まいがある品川近辺の飲食店で会うことが多い。SMSで集合場所として指定されるのは、お店の中かお店の前である。最初の2〜3回は面倒だし緊張するしで行くのが憂鬱だったが、普段の自分なら食べないようなものを食べられるし(要は値段が高めの料理)、しかもすべて父の奢りだし、さらには3,000円のQUOカードも毎回くれるので、いまや「ありがたイベント」として慣れてきた感がある。その食事会はいつも2時間以内には終わるし、その間は父が一方的に仕事の話題や時事ネタをしゃべってくれるので、ぼくは「なるほど」「うーん」とか言って適当にうなずいていればいいだけだし。まさに「パパ活」である。文字通りの「パパ活」である。

 しかもちょっと面白いのは、父がぼくとの関係に負い目を感じているらしいことだ。直接そう言われたわけではないが、毎回食事代を奢ってくれる、QUOカードを恵んでくれる、ぼくをちょっとした「接待モード」で遇してくれるという行動からそのことが窺える(ぼくは大学の放送サークルで渉外を務めているので「接待モード」の片鱗を承知している)。5年弱の関係断絶期間を経て、ぼくと父の上下関係は逆転したのかもしれない。

 こうやって文章にしてみると、ぼくの家族は完全な機能不全家族である。というか、もはや「家族」と呼ぶに値しない。ぼくの彼女の由梨のご家庭(お父さん・お母さん・由梨・弟さん)が絵に描いたような健やかファミリーなのとは対照的だ。シーズンごとに家族で旅行に行くだとか、それぞれの誕生日にレストランに行ってプレゼントを贈り合うだとか、そういうことはぼくとぼくの両親のあいだでは絶対にあり得ない。

 しかし、ぼくとしては、両親とのいまの距離感が心地いい。とてつもなく心地いい。ぼくはまた3人で同じ家に暮らしたくない。中学生の頃までのような家庭環境には戻りたくない。これから万が一機会があるとしても一緒に旅行に行きたくないし、誕生日に集まりたくもない。ぼくはいまの父との、母とのそれぞれの関係性がちょうどよくて、いまここにこうした関係性が出来上がっていることを本当に幸運だと感じているんだ。

 ぼくは将来、誰かと結婚するつもりも、子どもを持つつもりもない。ぼくはゲイなので、サークルの後輩の深田とは同性婚してもいいなとか、深田の子どもはかわいいだろうな(ぐふふ)ぐらいのことは思ったりするが、そういうファンタジックな妄想は別として、ぼくはそもそも家庭を持ちたいと思わない。ぼくには「家族」が向いてない。日曜の朝に食事をするだけの家族のほうも嫌だし、シーズンごとに旅行に行く家族のほうも嫌だ。世の中には「家族」が向いていない人間だっている。ぼくは父と母との関係を通じて、自分はそういう人間なんだと学習した。勢いで誰かと結婚しちゃう前にそれを学習できたのは本当に幸運だよな。ぼくはツキにツキまくっている。ぼくの人生は前途洋々だ。

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