ぼくと彼女は覗き見る展へ行く

 ぼくと彼女は『覗き見る』展へ行く。10月1日は都民の日だった。都民の日には、東京都が管理する美術館や動物園は入場無料になる。そのひとが都民かどうかは関係ない。北海道から来たひとでも、沖縄から来たひとでも、グリーンランドから来たひとでも、冥王星から来たひとでも、10月1日だったら誰でも身分証明証の提示なしで入場無料になる。これが都民の日だ。

 去年の10月1日は土曜日だった。ぼくは金曜日の夜から土曜日の未明にかけてコンビニ夜勤のバイトを入れていて、彼女の由梨は土曜日の午後からパン屋さんのバイトを入れている(それはいまも変わらない)。だから基本的にぼくらは土曜日には会わない。会うとしたら午前中だけで、せわしなくなってしまうからだ。でも去年の10月1日は、せっかくの都民の日=無料DAYだからということで午前中だけ会って、恵比寿の東京都写真美術館へ行った。ぼくとしてはとにかくめちゃくちゃ眠かった記憶がある。

 今年の10月1日は日曜日だった。日曜日はぼくらが必ず会う曜日である。お昼に集合し、お昼ご飯を食べて→どこかへ行く(あるいはその逆)というパターンが多い。朝から一日がかりで遊ぶこともたまにあるし(ディズニーランドとか)、夜にホテルに泊まることになったこともあるが、半日デートがぼくらの通常の日曜日である。

 相変わらず前フリが長い。今年の都民の日、ぼくと由梨は去年に引き続き東京都写真美術館へ行った。去年と違って今年は日曜なのでちょうどいい。ただ、その日は、朝の9時に近所に住む祖母(母方の祖母)の家へ行って電気系統の作業をしなければいけないことになっていた。作業自体はたぶん30分ぐらいで終わる。一旦家に帰って数時間後にまた出るのはダルいなあと思ったぼくは、由梨に「せっかくだから朝から会おうよ」と連絡した。空き時間を作りたくなかったのである。由梨はまんまと誘いに乗っかり、ぼくらは午前10時にJR京浜東北線蒲田駅のホームで待ち合わせた。

 祖母宅での作業は5分で終わった。結局、空き時間が出来ちゃったじゃないか! 仕方ないのでブックオフ蒲田店で時間を潰すか……と思ったが、ブックオフは10時開店なのだった。大田区立蒲田駅前図書館へ行く。『ブルー・ムーン亭の秘密』という昔の海外ミステリを立ち読みしているうちに9時55分になったので、蒲田駅のホーム(東京・上野方面)へ向かう。ぼくが由梨とのデートできちんと集合時間に間に合うのは久しぶりかもしれない。蒲田駅のホームでスマホを確認すると、由梨から「15分遅れる」とのLINEが入っていた。因果応報とはこのことを言う。蒲田駅前図書館へ戻ろうかとも思ったが、もうホームまで来てしまっているのだよなあ。ただ、ぼくはこういう時にじっとしていられない性分なので、とりあえず改札を出て、グランデュオ蒲田(10時オープン)5階の有隣堂へ行く。新書コーナーを眺めているうちに10時13分。慌てて蒲田駅のホームへ戻る。由梨はまだ着いていなかったが、その代わりに「次に蒲田に着く電車の4両目に乗っている」とのLINEが届いた。ぼくは由梨が乗っていることをホームから目視すると、その電車に飛び乗る。「おはよう」「おはようございます」「ホームで待ってたの?」「有隣堂行ってた」。ぼくらは品川駅で山手線に乗り換えて恵比寿駅に到着し、ぼくの大好きな動く歩道(いつも「歩く歩道」と言い間違えて由梨からツッコまれるやつ)をビュンビュン歩き、恵比寿ガーデンプレイス敷地内の東京都写真美術館へ向かった(長い)(細かい)。

 今年のこの時期、東京都写真美術館でやっていたのは『TOPコレクション 何が見える? 「覗き見る」まなざしの系譜』という展覧会と『風景論以後』という展覧会だった(このnoteの執筆時点ではまだどちらも開催中)。受付の職員さんから学生証の提示なしで入場整理券を受け取り、ぼくは入場無料を実感する。由梨に入場整理券を見せびらかすが、相手もまったく同じものを持っているので自慢にならない。100円払わなくちゃいけないけどあとで100円返ってくるロッカーに荷物を入れる。その際、ミッキーマウスの巾着袋を上が開いた状態で逆さまにし、コンドームの袋が入った透明のポリ袋を落とすという醜態を晒す。由梨には気付かれなかったが、たまたま通りかかった男性の職員さんにはしっかり目撃されてしまった。恥ずかしい。

 エレベーターに乗り、まずは3階展示室の『TOPコレクション 何が見える? 「覗き見る」まなざしの系譜』へ。入場無料かつ日曜日なのでまあまあ混んでいるが、まだ午前10時台だからか、大混雑ってほどではない。この展覧会は、「覗き見」の装置などを実際に動かしながら映像・写真の歴史を辿るというもので、放送サークルに所属しているぼくらにとってはある意味ドンピシャの内容だった。途中見ながら、うちのサークルの連中を誘ってまた来ようかと思ったぐらいだ。

 まずはピープショーの展示から。ピープショーとは、覗き穴から箱の中を覗くと景色が見えてくる装置のことである(らしい)。不勉強なので、こういうものが歴史上存在していたことを初めて知った。貴族の室内鑑賞用だけじゃなく、見世物師による屋外興行用のものもあって、日本でも「のぞきからくり」という名前で庶民の間で楽しまれたらしい。

ピープショー(当時のイメージ図)
多層構造になっている
正面から覗くと奥行きがある立体的な絵になる

 次のフロアに移動します。人類が「絵」を楽しむだけの時代は終わり、「写真」の時代に突入だ。由梨はアート的な写真が(も)好きな人種だが、正直ぼくは写真自体にそこまで興味がないので、ここは由梨の鑑賞ペースに合わせることに終始した。だが、エドワード・マイブリッジというひとが1887年に制作した『少年が跨ったロバが、側対歩で歩く』というタイトルの連続写真は目に留まった。これはぼくが10代後半以降の男性に性的関心を持つゲイのためである。不純な動機で申し訳ない。

少年というか青年がロバに跨っている写真
下からライトで照らすと絵が輝く

 そしていよいよ「映像」の時代がやってくる。映像といっても初期はパラパラ漫画的なものだが、それでもこういった仕掛けが動画の始まりであり、アニメーションの始まりなのだ。由梨は放送サークルでアニメを作っているひとなので、ぼくは「(由梨の)先祖じゃん。先祖来たよ!」などと冷やかしたが、由梨はぼくの言葉など気にせず熱心に鑑賞していたので、心ここにあらずに「うんうん」と返すだけだった(つまらない)。

くるくる回しながら隙間から覗くと中の人間が踊っているように見える
右のレバーを回しながら中を覗くと……
フェンシングの試合のパラパラ写真が動き出す

 写真は撮らなかったが、エジソン社の短編映画を上映するコーナーもあったのでちょっと観た。ぼくらが観たのは喜劇映画だ。ベンチに男性4~5人がぎゅうぎゅう詰めで座っていて、そこに女性が割り込もうとして、男性たちは押されて飛んだり跳ねたり……みたいなサイレント映画である。ぼくはチャップリンやキートンをたまに観る人間なので知っているが、サイレント映画では俳優たちの動きがとにかく激しい。オーバーアクション&リアクションの連発だ。ぼくはこれまでそれは「音がつかない分、動きで見せるしかない」ということなのだと思っていた。トーキー発明以前の苦肉の策なのだと思っていた。でも今回、この展覧会で映像史を辿りながら、もしかしたらこのオーバーアクション&リアクションは「どうだ! これがMoving Pictureだぞ! おれたちの動きを見ろ!」というアピールなのかもしれないと思った。一種の自慢というか、誇示というか。人類は絵を描くことから始まって、写真の時代を切り開き、ついには映像を発明した。「生身の人間が動くようすをスクリーンに映す」という魔法を手に入れた。サイレント映画の俳優たちは全身を使ってその喜びを表現していたのではないか。由梨と並んでエジソン社のサイレント映画を観ながら、ぼくは初めてそんな風に思った。

 カーテンみたいなのをくぐり、次なるフロアへ。現代アート的なコーナーである。うーん、ぼくとしてはもうちょっと上記のようなレトロ機械で遊びたかったんだけどなあ。まずはレントゲン撮影を使ったアート写真が目に飛び込んでくる。ぼくはいまいちピンと来ないが、由梨はこういうのが好きなので付き合ってあげる。なんだかんだでぼくも写真は撮った。

身体を張ったアート写真

 念のため言っておくと、ぼくは現代アートのアンチってわけではない。その証拠に(?)、出光真子というひとが1977年に作った『主婦の一日』という映像作品は面白かった。専業主婦の一日を隠し撮り風に映し出す、フェイクドキュメンタリーというか偽ドラマというかイメージビデオである。もし放送サークル界隈にこんな作品を作るひとがいたら、ぼくはどこの大学の誰であろうと大絶賛するだろう。本当にこれは1977年に作られたものなのだろうか? 半世紀近く前の日本にこんなセンスのいい映画作家がいたという事実に驚かされる(上から目線ですみません)。

出光真子『主婦の一日』『Make Up』

 伊藤隆介というひとが作った『オデッサの階段』というキネティック・アート(でいいのかな?)も面白かった。『戦艦ポチョムキン』という100年前の映画のワンシーンをもとにした装置だ。乳母車が階段を転がり続けるようすを小さなカメラで撮って、後ろのスクリーンに映している。低めの階段がぐるぐる回転しているだけなので、乳母車は止まることなくずっと転がり続ける(電源を切らない限り)。ぼくはこれを眺めているのが心地よく、この空間で20〜30分過ごしたくなるほどだった。展覧会に行くとぼくと由梨は普段は好きになる展示物が微妙にズレているのだが、この作品については由梨も大いに気に入り、ぼくらは久々に価値観を共有した。

転がり続けるミニチュア乳母車を生で映している

 これで東京都写真美術館3階展示室『TOPコレクション 何が見える? 「覗き見る」まなざしの系譜』はお終いである。今日が都民の日で、これが入館無料だったことを思い出す。無料なのにずいぶん楽しませてもらった。放送サークルの人間にうってつけの展覧会で、正直、去年の都民の日に見た新進芸術家特集よりも満足した。アニメ作りの苦労も改めて理解したし。同じようだけどちょっとずつ違う絵をたくさん描かないとアニメ作品は作れない。集中力が散りがちなぼくみたいな人間には無理だ。由梨はやっぱり偉いと思うし、ぼくとは制作者としての性質が根本的に違うんだと思う。

 3階展示室を出て階段を降りながら、由梨に「今日は由梨の先祖を見れてよかったね」と言ったら、「わたしの先祖じゃなくて、わたしの作っているモノの先祖だから。もし『先祖』って言うなら」と細かい点を冷静に指摘された。そんな冷たい口調で言わなくてもいいのにと思いながら、2階のミュージアムショップへ。ぼくは「無料で入らせてもらった分、何か買っていこうか」と提案する。由梨は「そうだね」と返す。由梨は女の子の顔が写ったポストカードを「かわいい」と言って買ったが、ぼくは結局何も買わなかった。なんかそこまで欲しいものがなかったのである。「買わないの?」と聞かれたので、ぼくは「うん。『今日は最後までお金を使わない』という路線に変更した」と答えた。いつもは由梨に無駄遣いを警告されるぼくだが、今回は自分の力だけで無駄遣いを抑え止めたぞ!

 さて、このあとぼくらは、地下1階展示室の『風景論以後』という展覧会へ向かった。『何が見える? 「覗き見る」まなざしの系譜』も面白かったが、はっきり言って、『風景論以後』はそれ以上に興奮する展覧会だった。ぼく的には人生観に影響するぐらいの重要な展覧会だったかもしれない。というわけで、このお話は次回に続きます。入館無料で得た経験をぼくはこすり倒すのです。都民の日よ、ありがとう。東京都写真美術館よ、ミュージアムショップで何も買わなくてごめんなさい。

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