ぼくと彼女は特別展鳥へ行く

 ぼくと彼女は特別展『鳥』へ行く。もうすでに終わってしまった展覧会の話で申し訳ないが、国立科学博物館でやっていた特別展『鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~』というやつにぼくと由梨は行ってきた。今月中旬のことである。

 特別展『鳥』は去年の11月からやっていた展覧会だ。それなのにぼくらが閉幕ギリギリのタイミングでこの展覧会に行ったのにはワケがある。……と書くと大げさだけど、まあ、お互いに去年の11月・12月は忙しくて半日単位しかスケジュールが合わなくて、年明けの1月は卒論の追い込み期間だから予定を立てにくくて、それじゃあ余裕がある2月に行こうということになったのである。……いや、行こうと思えば別に12月でも1月でも普通に行けたんですけどね。だから冷静に振り返ってみると、ぼくらが特別展『鳥』に2月になってから行った理由って、「2月に行こうと事前に決めていたから」以外にないのかもしれない。まあ、世の中のことすべてに特別な意味があると思うほうがおかしいのです(開き直り)

 日曜日。閉幕間近で混んでそうだから午前中から早めに行こうということになって、午前9時半にJR京浜東北線蒲田駅のホーム(大宮方面)で待ち合わせ。まだ眠いよう。前日は夜遅くまで放送サークル関係の動画編集をやっていたせいで眠れてないんだよう。それはお前のせいって言われるかもしれないけど……それはその通りなんだよう……

 ホームで待ってくれていた由梨に「遅れてごめん」と謝罪して、5分ほど待ってJR京浜東北線に乗車。一昨年の夏に『君たちはどう生きるか』を観て以来ぼくは鳥が好きになったので、今回の特別展『鳥』は意外と楽しみにしていた展覧会だったりする。というわけで、ぼくは京浜東北線の車内では由梨を相手に「鳥はかわいい」「鳥はかっこいい」「鳥はすばらしい」という話をした。遅刻して来たくせにいい気なもんですね。

 結局、「少し前自転車で走っている時に鳩のフンを喰らった」(ぼく)という話と「うちの近所のカラスはごみ袋の中から自分の食べたいものだけ選んで取り出すから賢い」(由梨)という話をしながら京浜東北線を下車。JR上野駅公園口前は別にいつもと比べてそこまで混んでいなかったけど、国立科学博物館の特別展入口前には行列ができていた。ぼくと由梨は国立科学博物館に何度も行っているが(しょっちゅう行っているが)、こんな行列ができているのを見るのは初めてだったので驚いた。

 「閉幕間近だからみんな駆け込みで来てるのかなあ」とか「時間帯によるのかもね」とか言い合いながら10分ぐらい並んで、特別展のチケット売場で学生証を見せて代金を支払う。ぼくの大学も由梨の大学もキャンパスメンバーズというのに入っているので特別展は割引が効くのだ(常設展は無料)。でも、ぼくらがこんな恩恵を受けられるのは来月まで。ぼくも由梨も無事に卒業できそうですので……

 100円入れなきゃいけないけどあとで100円返ってくるコインロッカーにぼくだけ荷物を預け、スマホと貴重品を持ってエスカレーターを降りる。特別展の会場に入ったらこれまた驚いた。めちゃくちゃ混んでいたからだ。これまでも混んでいる展覧会には何度も遭遇しているし、国立科学博物館でも何度か遭遇したが、これほどの混みようはさすがに人生初だ。身動きできないレベルで会場内は混んでいた。

入口でクジャクがお出迎え
トキは人々の頭越しでしか見れません

 ぼくは混んでいる展覧会が苦手だ。人混みに酔いやすい体質だというのもあるが、展示物を落ち着いて鑑賞できないし、そもそも展示物に近付くことすらできないし、「展示物を鑑賞しにきた」というより「混雑を身を委ねにきた」みたいな感じになってしまうので混んでいる展覧会が苦手だ。

 特別展『鳥』が大混雑展覧会であることを目の当たりにして、ぼくの気持ちはさっそくうんざりしていたが、来てしまった以上はしょうがない。この混雑に身を委ねますか……といってもぜんぜん人混みが前に進みそうにないので、ぼくと由梨は「少しでも空いているところから鑑賞しよう」ということになって、なんとか体を突っ込めそうなコーナーへ向かっていった。

 まず意外と空いていたのは、鳥の翼を紹介するコーナー。多くのお客さんは鳥の全身標本には興味があるけど、鳥の体の一部分だけの展示にはあんまり興味がないみたい。でも、ぼくはこの翼こそが「鳥のかっこよさその①」だと思っているので、この翼コーナーをきちんと鑑賞できたのはよかった。鳥の翼は鳥それぞれ。長い翼もあれば短い翼もあり、尖った翼もあれば丸い翼もある。翼を比べれば鳥の多様性が分かるというわけだ。

鳥それぞれ翼はあるけどどれもみんなきれいだね

 だが、空いていたのはこの翼コーナーだけだった。あとはもうずっと大混雑が続く。由梨はぼくの耳元で「進化の過程で恐竜は翼がいらないことに気付いたんだろうね」とか「鳥の筋肉は地上での活動も視野に入れたものなのかな」とかなんとか専門的・学術的・理知的なことを言っていたが、ぼくはそういう難しい話は分からないし、この人混みに完全に酔っ払ってしまっていたので、「うん」「たしかに」「なるほど」といった相槌を返すことしかできなかった。

 鳥の遺伝子配列やらゲノムやらを紹介するコーナーでは、「これまでこの鳥はあの鳥の仲間だと思われていたけど、最新のゲノム分析の結果、実は別の鳥の仲間だった」というような話が紹介されていた。由梨は解説パネルを読みながらぼくに話しかけたりしていたけど、ぶっちゃけ、ぼくはこの手の話に全然興味を持てなかった。

 それどころか、「人間は何様のつもりなんだろう」と腹が立った。生物学の研究者にムカついたっていうか。いや、高校時代に生物部を兼部していた男が何を言ってるんだって感じだけど、実際ちょっとムカッとしたのだ。だって、鳥は人間に「ぼくたちのゲノムを解析して」なんて頼んでいないはずである。「ぼくたちを分類して」なんて求めていないはずである。それなのに勝手に分類して、勝手にゲノム解析して、「きみはあいつらの仲間じゃなかった。あっちの鳥籠に行きなさい」(イメージ)と分類し直すなんて、いったい何の権限があって人類はそんなことをやっているのかと疑問に思ったのだ。もしぼくが鳥類だったら、自分たちを勝手に誤解して勝手に訂正してくる生き物に対して「なんなのあなたたち」と反発すると思う。

ゲノム解析のご案内
遺伝子配列あれやこれや

 ぼくの口数が少なくなったことに気付いた由梨が「どうした? 疲れた?」と聞いてきた。ぼくはここで「何の権限があって人類はー!」みたいな話をする気力はなかったので、「いや、真剣に鑑賞してるだけ」と言って誤魔化した。まあ、誤魔化せなかったので、その後も由梨から「寝不足で疲れてるんじゃない? 休みたいなら休むけど」と気遣われましたけどね。ぼくは気遣われるのが苦手なので、ここからは無理やりテンションを上げました。

 さて、このあとの特別展『鳥』は鳥の標本展示が最後まで続く。さながら「飛び出す鳥類図鑑」「動物が動かない動物園」って感じ。由梨もぼくもいっぱい写真を撮ったし、他のお客さんたちもたくさん写真を撮っていた。鳥類ってこんなに人気だったんだな。ほぼアイドルじゃん。鳥類がこんな人気コンテンツだったなんてぼくは今日まで知りませんでしたよ。

ダチョウの迫力を感じよ
哺乳類っぽい鳥、キーウィ
カモ大集合の巻

 この日だけかもしれないけど、会場内ではヨタカのコーナーが特に混んでいて、由梨も「ヨタカだ! ヨタカ!」といつもより1オクターブ高い声ではしゃいでいた。逆に、キジやハトやライチョウのコーナーは比較的空いていたかな。まあ、ハトやカラスなんてそこら辺の公園でも見られるからな。逆にぼくは身近な鳥だからこそハトやカラスが気になるのだが。

意外と人気者のヨタカ
ボタンバト(近所で見かけないハト)
ミノバト(近所で見かけないハト)
カワラバト(近所でよく見かけるハト)

 知名度を考えるとペンギンのコーナーはもっと混んでいてもいいと思ったけど、そんな風に思ったのは、ぼくが個人的にペンギンが大好きなせいかもしれない。ペンギンってかわいいよね。ぼくはペンギンならだいたいどの種類も好きだけど、この日見た剥製の中ではケープペンギンにいちばんときめいたかなあ。ゲノム解析によると、ペンギンは6000万年前にミズナギドリ目から分岐して生まれた種なんだそうです。

ペンギンの乱
頭上をシロハラミズナギドリとワタリアホウドリが舞う

 展示室1Aを出て廊下へ。サイチョウ類やブッポウソウ目の鳥の標本が展示されていて、まあ、ここもかなり混んでいた。普段の国立科学博物館の展覧会だったら廊下の展示物なんてスルーされがちな場所なのにね。はあ、ほんと人混みに酔っちゃうよ。

 でも、ここでぼくはキツツキの展示に目を奪われた。いままで一度も意識したことなかったけど、急にぼくは「キツツキっていいな」と感じたのだ。それは、キツツキと木の模型のセット展示の見栄えがよかったからかもしれないし、キツツキの近くに展示されていたモモンガの標本がかわいかったからかもしれないし、「キツツキは生態系エンジニア」という解説パネルの文章を読んで気付いたことがあったからかもしれない。

キツツキと木の模型のセット
「キツツキは生態系エンジニア」

 さっき、ぼくは「人類が鳥類を勝手に分類するなんて横暴だ」と書いた。その最大の理由は、その分類が「ゲノム解析」によるものだったからだ。どういうものを食べているかとか、どういう仲間とつるんでいるかとか、どういう生活パターンで暮らしているのかとか、そういう社会的(?)な視点で生き物を分類するならまだいい。でも、遺伝子配列という視点で生き物の種類を機械的に分類して、その分類を「正しい」と決め付けることに、ぼくは上から目線の暴力性を感じたのだった。

 でも、この「キツツキは生態系エンジニア」という解説パネルでは、それまでの「ゲノム解析の結果どうたらこうたら」みたいな話ではなく、「キツツキが作った穴が実は他の生物のすみかにもなっている」といった話が紹介されていた。この解説パネルを読んだ時、ぼくにはようやく「机上の空論」が終わって「フィールドワーク」が始まったように思えた。こういう感じで鳥類に迫る展覧会をぼくは期待していたんだよな。この解説パネル、ぬまがさワタリさんによる鳥漫画も楽しいし。

 その関連でいくと、「鳥にもある“方言”や“言葉”」という解説パネルも面白かった。ヘビを見つけた時、シジュウカラは「ジャージャー」という声を出すらしい。これは「怖いよう」とか「気を付けろ」とかいう感情を表す鳴き声ではなく、人間でいうところの「ヘビ」という意味の単語らしい。どうして研究者たちがそんなことを解明できたのかまでは解説パネルに書かれていなかったが、ぼくはこの解説パネルを読んで、「鳥は人間より知能が劣っている」というのはやっぱり迷信だよなと確信した。

 人間が「この生物は知能が高い」とか「知能が低い」とか言う時、それは人間の基準の知能の話をしているにすぎない。その前提を無視して「知能が高い」とか「知能が低い」とか言うのは、写実絵画専門の評論家がピカソの『ゲルニカ』を見て「この画家はダメですな。人間の骨格が描けてない」と言うようなものである。人間の知能では理解できないだけで、他の動物たちにもそれぞれ独自の知能があるかもしれない。人間の知能では認知できていないだけで、実は鳥たちは上野恩寵公園の鳥の巣で特別展『ヒト ~ゲノム解析が解き明かす新しい人類の系統~』を開催しているかもしれないのだ。

 ……というような話を、ぼくは1年生の頃から香川(学科の友人)にたまに話している。その度に香川からは「そういうSF書きなよ」と呆れた感じでツッコまれ、ぼくは「ぼくはそもそも小説が書けない」と言い訳するのがお決まりになっているのだが、まあ、つまりはそういうことである。ぼくはだいぶウザいやつである。

「鳥にもある“方言”や“言葉”」
シジュウカラは言葉を話す
ぬまがさワタリさんによる鳥漫画

 展示室1Bの出口のところには「ゲノム解析のすごさをみなさんにお届けできたことに喜びを感じる」とかいう監修者の言葉が掲げられてあって、やっぱりぼくは「なんだかなあ」と思ったのだが、展示室2へ向かう途中の廊下に「野鳥も人も地球のなかま」という公益社団法人日本野鳥の会のポスターが貼られてあるのを見てホッとした。ぼくらは他の生物を尊重しなければならない。ゲノム解析も他の生物を理解したつもりになるためではなく、他の生物を尊重するために行われなければならない。

日本野鳥の会のポスター「野鳥も人も地球のなかま」

 御託はさておき展示室2へ。普段は絶対に空いている展示室2も、やっぱりこの日は混んでいた。ただまあ、「エピローグ 鳥とともに」と題された説教くさいコーナーだったので、解説パネルをしっかり熟読していたひとはぼくと由梨とあと3~4人ぐらいだけでしたけどね。

生物多様性を学ぼう
学校にある鳥の剥製は貴重品です
47各都道府県に県の鳥がいる
鳥つながりで新幹線「はやぶさ」の展示も

 展示室2を出てミュージアムショップへなだれ込む。やっぱりこちらも大混雑で、ざっと見た感じ、図録もオリジナルグッズ(スヌーピーとコラボしたやつなど)もよく売れているようだった。由梨も自分用としてミニタオルとキーホルダーっぽいやつを買った。ぼくがウッドストックのぬいぐるみを指して「これは? これはいいの? これは買わないでいいの?」としつこく尋ねるというボケをやったら殴ってきましたけど。

 来る時の京浜東北線の車内でぼくは由梨に「今日は図録を買おうと思う」と宣言し、由梨からも「いいんじゃない。科博の図録は値段が安いし」とお許しをもらっていたのだが、結局、ぼくは図録を買わなかった。見本を手に取ってみたところ、ぬまがさワタリさんの例の鳥漫画が掲載されていなかったし、解説文も期待していた感じの話じゃなかったし、あとそもそも値段が高かったからだ。2,400円(税込)を「安い」と言える由梨の神経はどうかしている。本当にどうかしていると思う。

ミュージアムショップに鎮座するウッドストック

 由梨から「図録買わないの?」と何度も言われたけど「本当にいらないからいらない」と振り切って、そのあと、ぼくらは日本館の企画展示室でやっていた企画展『貝類展 人はなぜ貝に魅せられるのか』へ行った。ぼく的にはむしろこっちのほうにだいぶ興奮したんですけど、その話は長くなるのでやめます。まあ、スルメイカの写真だけ貼っとくか。

加工前のスルメイカ

 ぼくと彼女は特別展『鳥』へ行く。今回の展覧会訪問は個人的にちょっとショックなイベントになってしまった。大好きな「鳥」の展覧会だから楽しみにして行ったのに、実際はあんまり楽しめなかったからだ。ぼくは由梨と付き合ってからぼくの興味がない展覧会や美術展によく連れて行かれるが、それでも、どの展覧会や美術展に行っても「楽しかった」と満足してきた。それなのに今回に限ってはあんまり楽しめなかった。展覧会に行ってこんな感覚になるのは初めてだ。しかも国立科学博物館の展覧会に行って「あんまり楽しめなかった」って感じるなんて、ぼくは自分にがっかりだ。

 決して特別展『鳥』がつまらない展覧会だったってわけではないと思う。ぼくが特別展『鳥』をあんまり楽しめなかったのは、人混みに酔ってしまったからとか、前日の夜に寝不足だったので実は疲れていたからとか、展覧会のテーマが「ゲノム解析」であることをきちんと理解しないまま行っちゃったからとか、基本的にはぼく側に原因があるんだと思う。なので、これから特別展『鳥』名古屋展へ行く予定の方は安心して行ってきてほしいと思う。とりあえず鳥の剥製がいっぱいで飽きることはないはずだ。図録にも鳥たちの写真がたくさん掲載されてあって、カラー写真が壮観で……って、やっぱりぼくは図録を買っておけばよかったかなあ?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集