ぼくは後輩に奢りがちだ
ぼくはお金を持っていない。1円も持っていないわけではないが、年中金欠という意味で「お金を持っていない」。コンビニ夜勤のバイトに勤しみ、メンズビオレ ONE BB&UVクリームを塗って隠さなくちゃいけないほど目の下にクマを作っているにもかかわらず、ぼくはお金を持っていない。
バイト先からはきちんと給料が振り込まれている。それなのにぼくが年中金欠なのは単純に支出が多いせいだ。ぼくはすぐ無駄遣いする(その自覚はある)。どこか遊びに行くとグッズショップ的なところで散財してしまう。自分のためのものを買うことも多いが、「友達にあげよう」「うちのサークルの○○にあげよう」と思ってお土産を買うことも多い。もっとも、彼女と一緒にどこかへ行った時にはぼくの無駄遣いは抑制される。彼女はぼくの浪費癖をよく知っていて、「それ本当に必要なの?」「今日まだ××日だけど(=給料日まで日数があるけど)あとで困らない?」などと真顔で戒めてくるのだ。そう言われる度にぼくはテンションが下がるが、結果的にはこの過保護な警告のおかげでぼくは財政破綻を免れている。
それと、ぼくはサークルの後輩の食事代を奢りがちでもある。構内のカフェでの数百円程度だったらふつうに奢ってあげてしまう。この前なんか、一年の井上(慎)とやよい軒へ行ってデミハンバーグ定食(910円)を奢ってしまった(これはちょっと自分でもやりすぎだと思った)。もっとも、これは連れ立った後輩が一人の場合に限る。二人以上の場合は「ちょっと多めに払う」ぐらいで留める。ケチだと思われるかもしれないが、そもそもぼくには「全額払う」どころか「多めに払う」義務もないはずである。
実際うちのサークルでも、先輩が後輩の食事代を(一部にせよ)出すのは決して一般的ではない。そういうのはおそらく平成以前の文化である。ぼくが後輩に奢りがちな人間になったのは、一個上の先輩の野島さんの影響だ。野島さんはヤバかった。一・二年生の時、ぼくは野島さんにしょっちゅう奢ってもらっていた。全額支払ってもらったことも一度や二度ではなかった。後輩3人(ぼく含む)をお昼ご飯に連れ立って、4人分を一人で支払っていたこともあった。ここまで来ると完全に異常である。
誤解を恐れずに言えば、野島さんは実家が太そうなタイプではない。いわゆる「お金持ち」とか「セレブ」みたいな感じではなかった。もちろんバイトをしていたが、ぼくと同じくコンビニのバイト(企業は別)だったので時給はたかが知れているはずだ。野島さんは見栄っ張りだったのだろうか。後輩に気に入られたかったのだろうか。
そういう部分も多少はあっただろうが、おそらくそれは正解ではない。野島さんは後輩に奢りたかったのだ。後輩に奢ること自体が好きだったのだ。後輩に奢るのは先輩の特権である。「先輩に奢る」とか「友達に奢る」とかいうのは通常あり得ない。ぼくはサークルの先輩や同期に奢ったことはないし、学科の友人やゼミの同期にも奢ったことはない。ついでに言うと、よく一緒に飲みに行く学部の後輩の早瀬も「後輩」というより「友達」だから一度も奢ったことはない(これは早瀬が浪人していて年齢はぼくと同じだからってのもある)。当たり前の話のようだが、先輩が後輩に奢ることができるのは後輩がいてくれるからなのだ。
感染症の流行とそれに伴う活動制限の影響だと思うが、野島さんの代は例年より部員が少なかった。野島さんたちが二年生に上がる時、野島さんたちはサークルに新入生が入ってくるかどうか心配だったそうだ。だからこそ野島さんの代のひとたちは必死に新入生を勧誘し、ぼくはまんまとそれに引っかかって放送サークルなんかに入部してしまったわけだが(「なんか」とはなんだ!)、「後輩がほしい」という思いが強かったからこそ、野島さんは後輩をかわいがって食事を奢っていたのかもしれない。
ぼく自身、後輩はかわいいなと感じる。特に一年生はかわいい。何人かの男子については「養いたい」と思うほどまでにかわいい。まあ、深田も当然その一人だが、深田はもはやぼくの恋愛対象なので……「同性婚して生計を一にしたい」的な意味合いでの「養いたい」になってくるのでちょっと話は別である(なに言ってんだ自分)。
ぼくは後輩に奢りがちなせいで金欠になっているわけだが、そういう風に嘆くことができるのも後輩がいてくれるからだ。「いつも後輩にメシ代奢ってるせいで金ないんスよ!」なんて愚痴れるのも、ぼくがサークルの現役でいるうちだけなのだ(そんなことこれまで誰にも愚痴ったことないが)。ぼくはうちのサークルにあいつらが入部してきたことに感謝し、奢る相手がいることを喜ばなければいけない。
あと本当のこと言うと、たぶん、ぼくが金欠なのは後輩に奢りがちだからじゃない。少なくともそれが主原因ではない。ぼくは野島さんのように何人分も全額払ったりしているわけじゃないし、そもそも毎日奢っているわけでもないのだ。じゃあなんでぼくは金欠なのかというと……うーん、それがはっきりしないんですよね。飲み代が意外とかさばってるんじゃないかとは思うんですけど。やっぱりぼくは家計簿をつけるべきなのかもなあ。そういうアプリがあるのは知ってるけど、ただ、いちいち記録するのが面倒なんだよなあ。まあ、お金がないといっても借金までしているわけではないし、とりあえずは現状維持で……。ああ、ぼくの金欠は当分続きそうだ!