ぼくは体調を崩す
ぼくは体調を崩す。季節外れの話のように思わなくもないが、今日のぼくは「暑さ」にまつわる話をしたい。おそらくぼくは暑がりである。夏にまあまあ汗をかくほうだし、冷房がガンガンに効いた部屋が好きだし、電車では弱冷房車に乗らない。
この前のこの前の月曜日(敬老の日)のこと。ぼくは由梨(彼女)とみなとみらい地区で会うことになっていた。朝10時集合の約束だったので、午前8時半に起床……するはずが、「あと5分だけ眠ろう」と思って目覚まし時計を止めたせいで、気がついたら9時20分になっていた。JR蒲田駅からJR桜木町駅(集合場所)までは京浜東北線で21分かかるので、本当は9時26分発の電車に乗りたい。しかし、ぼくの家から蒲田駅まで自転車を猛スピードで走らせてもそれは絶対に無理だ。9時36分発の電車に乗るしかない。これを逃したら次の電車は9時41分発になってしまう。
急いで服を着替えて顔を洗う。……ああ眠い……。昨夜は本当は深夜1時頃に寝るつもりだったのだが、ついつい夜更かししてしまい、寝るのが午前4時とか午前5時になってしまった。これじゃあ寝坊するのは当然だよな。……あっ、髭も剃らなきゃ。くそっ。寝る前に剃っておくんだった。
急いで髭を剃って、寝癖を直して、時間がないのでワックスはあきらめて、リュックを背負って家を出る。マンションの階段を降りながら「あっスマホ忘れた!」と思い出して急いで引き返し、スマホから充電コードを引き抜いてリュックにぶち込み、今度こそマンションの階段を降りて駐輪場へ向かう。ああ、今日も外は暑いぞ……
蒲田駅前の駐輪場に自転車を停め、駅の階段を一段飛ばしで駆け上がり、自動改札機をSuicaで通過し、今度はホームの階段を駆け下りる。ふう。汗をかいているのを自覚する。自動販売機で水を買う。ふう。ゴクゴク。時間を確認したら9時45分。なぜだ。なぜこんな時間になっているのだ。髭を剃ったせいか。スマホを取りに引き返したせいか。途中で赤信号に止められたせいか。リュックからスマホを取り出してLINEを起動し、由梨になんて言い訳しようか考えているとJR京浜東北線(大船方面)が来た。
京浜東北線に乗車。ああ、涼しい……っていうか冷たい……。さて、由梨にLINEせねば。適当な嘘が思い浮かばなかったので、正直に「ごめん、寝坊した……10分ぐらい遅れる」と送る。どうせ遅刻するんだったら急いで自転車を走らせる必要なかったな。おかげで汗をかいてしまった。電車の冷房のおかげでどんどん引いていってるけど。
由梨から「分かった。時間潰して待ってる」と返事がきた。「時間潰す」と言っても、まだ午前10時前だから駅ビルも開いていない時間帯だ。暑い屋外で待たせることになりそうだなあ、申し訳ないなあ……と思って、ぼくは久しぶりに彼女への罪悪感に苛まれた。ああ、目覚まし時計を止めなければよかった。今日のぼくらは午後には解散で(由梨のバイトがあるため)、ぼくはバイトがないから家に帰ってそのまま眠れるのだから、睡魔に負けるのは後回しにすればよかったのだ。夜勤生活を3年4か月続けてきた人間としてそんなこと分かり切っているはずなのに、ぼくは本当に愚かだ。全然学習しない。もっとも、学習していたら毎回遅刻したりしない。
そうなんだよなあ。毎回……は大げさだけど、ぼくは仲が良いひととの約束には遅刻することが結構ある。相手が許してくれているからそれに甘えてしまっているということなんだろうな(自己分析)。ただ、ぼくは自分が遅刻すること自体に居心地の悪さを感じてはいて、まあ、それは「相手に申し訳ないから」というより「『遅れてごめん!』と言いながら相手に駆け寄っていくのが面倒くさいから」なんですけど。
10時09分、桜木町駅到着。電車を降りて階段を下り、南改札へやや急いで向かう。ああ、やっぱり外は暑い。トイレに行きたいけど遅刻中なので我慢します。自動改札機を出ても由梨の姿が見当たらないので、LINEで「時計の下にいるよ! いまどこ?」と送る(桜木町駅南改札前には時計台みたいなのがあるのです)。そうしたら、由梨がぼくの横からヒュイッと姿を現して「おはよう」と言ってきた。最初のデートの時からそうなのだが、このひとは横とか後から突然姿を現すのが得意なのだ(忍法的な?)。
ぼくが9分間遅刻しているあいだ、由梨は北改札前の駅ナカの本屋さん(NewDaysの隣)にいたらしい。「10時開店だからわたしが本日のお客さん第1号になったよ」と言う。ぼくは由梨のこういうところが好きだ。待たした側のぼくが言うのはおかしいが、待たされて仕方なく時間を潰す時でもこういう無邪気(?)な感覚を保つ人間性が素晴らしい。『少女パレアナ』の実写化を考えているひとは由梨をキャスティングすればいいと思います。
さて。この日のぼくらはまず、みなとみらい駅方面の動く歩道に乗って、途中の階段で帆船日本丸の近くへ降りた。はあ、暑いなあ……。ちなみに、ここでぼくはさっきから我慢していた公衆トイレへ寄った(ぼくの排泄を心配してくれていた方はご安心ください)。「ちなみに」ついでに言うと、ぼくはここで「8x4 MEN デオドラントスプレー」(いつもリュックに入れて持ち歩いている)を自分の体に吹きかけた。由梨からは「かけすぎじゃない? 全身から石けんの匂いがする」と言われた。
動く歩道には戻らず、太陽光を浴びながら海沿いを散歩し、地上から横浜ランドマークタワーへ向かう。基本的には由梨の買い物(冷やかし)に付き合わされただけだったが、レゴのお店とスタジオジブリのお店に寄れたのは楽しかった。ぼくは由梨に「せっかくだから何か買っていこうか?」と提案したが、いつものように「無駄遣いはよくない」とたしなめられた。
そのあとは、一旦外に出たりまた屋内に入ったりしながら(ビルの構造上そうしないといけない)、みなとみらい東急スクエアへ向かった。やはりここでも由梨の買い物(冷やかし)に付き合い、スポーツ用品店にも意味なく寄った。せっかくだから3階の丸善で本を見物したいとも思ったが、ぼくが遅刻したせいで今日の由梨はもう本屋さんには来店済みなので、ぼくがここで「丸善で本を見物したい」と言い出すのは身勝手だと思い、文房具コーナーだけ見物させてもらうことにした。
そのあとは外へ出て、橋を渡り、横浜ワールドポーターズへ向かった。ぼくは高所恐怖症かつ広場恐怖症なので、橋を渡るのも怖いし、あの巨大観覧車のエリアに近付くのも怖い。だから由梨のかばんの持ち手の部分を軽くつかみながら歩いたが、これはもちろんわざと大げさにやっているわけで、由梨にツッコんでもらうためのボケのようなものである。
二人ともお腹が空いていたので(なにしろぼくは朝から何も食べていないのだ!)、すぐに横浜ワールドポーターズのフードコートへ行って、シンガポール料理店のチキンライスを注文した。3連休の最終日だけあってワールドポーターズ全体が混んでいたが、特にフードコートはめちゃくちゃ混んでいた。チキンライスだけではぼくは食べ足りなかったので、追加でたこ焼きも注文しに行って二人で食べた。これでまあまあ食欲は満たされた。
横浜(由梨のバイト先)に向かうまでにはまだ少し時間があったので、上の階にあるサンキューマートで由梨の買い物(今度は購入)に付き合った。あと、マインクラフトのお店やバンダイナムコ クロスストアにも寄った。由梨の弟の孝彦くん(高校3年生)にお土産を買っていこうと提案したが、由梨がぼくの目を見つめながら首を横に振ってきたのであきらめた。ぼくはこの日ここまでのところ、ペットボトル代と昼食代以外にお金を一銭も使っていない(交通費を除く)。
ワールドポーターズを出る。暑い。ぼくはワールドポーターズの隣のよこはまコスモワールドをちょこっと散策したかったが(久しぶりに『ビックリ・ふしぎ館 コスモパニック』にも行きたかった)、時間がないのでまた今度にしようということになった。「コスモワールドに寄らないなら今日のデートは山場がないな」と言ったら、由梨から「『山場』ってなに」と冷ややかにツッコまれて、まあ、たかだか数時間のデートに山場もクソもないよなと思い直した。そもそも、この日のこの集まりは昨日が日曜なのに会えなかった代わりに組んだやつだし。
では、由梨のバイト先がある横浜駅周辺へ向かうことにする。今日は暑いし時間も微妙だから、徒歩はやめて、みなとみらい線に乗って横浜駅まで行こうということになった。みなとみらい駅から横浜駅までは電車だと一駅だからね。長いエスカレーターを降りてみなとみらい線みなとみらい駅へ。この時に乗ったみなとみらい線(東横線直通)が涼しいのなんの。暑がりのぼくでも「涼しい」を通り越して「寒い」と感じた。
横浜駅到着。地上へ出て暑い中を歩きながら、商業ビルの中に入っている由梨のバイト先のパン屋さんまで一緒に行った。いわゆる「お見送り」というやつである。お店のひととまた挨拶させられるかなと思ったけど、3連休最終日だからなのか店内が混んでいてそれどころじゃなかったので、ぼくは誰とも挨拶も交わさず、パンも買わず、由梨に「じゃあバイト頑張って」と言ってそのまま商業ビルをあとにした。本当は「今日は遅れてごめんね」と改めて言おうかとも思ったけど、昔読んだ阿川佐和子の本に「インタビューの仕事に遅刻したことがあった。相手は最初は不機嫌だったけど話をしているうちに和やかな雰囲気になった。でも別れ際に『今日は遅れてすみませんでした』と改めて謝罪したらまた不機嫌になった」という話が書いてあったのを思い出して、自らの非を蒸し返すのはやめておいた。いや、この日の由梨は全然不機嫌じゃなかったけどね。
有隣堂横浜西口ジョイナス店に寄っていこうかなと思ったけど、いま買わなくちゃいけない本が思い浮かばなかったし、なんとなく体に疲れを感じてもいたので、そのままJR横浜駅へ向かった。京浜東北線(大宮方面)に乗って蒲田駅に到着。有隣堂グランデュオ蒲田店に寄っていこうかなと思ったけど、やっぱり買わなくちゃいけない本が思い浮かばなかったし、やっぱり体に疲れを感じてもいたので、そのまま駐輪場へ。
自転車に乗って帰宅中、そういえばブックオフの150円割引クーポンが使えるのは今日までだったなと思い出した。数週間前にブックオフ蒲田店へ寄った時、筒井康隆の『薬菜飯店』文庫版が置いてあったなあ。あれ欲しいなあ。なんとなく体に疲れを感じてはいたが、自転車で引き返し、蒲田駅の西口と東口をまたぐ陸橋を渡った(高所恐怖症だから怖いけど渡った)。西口駐輪場に戻ってもよかったのだが、駐輪場のおじさんに「あれ? さっき出て行ったばかりなのにまた来たの? 忘れ物でもしたの?」と思われるのが恥ずかしかったのである。ぼくにはそういうところがある。
汗をかきながらブックオフ蒲田店に到着。しかし、ブックオフ蒲田店に筒井康隆の『薬菜飯店』文庫版は置いていなかった。どうやらもう売り切れてしまったらしい。うーん、せっかく陸橋を渡ってここまで来たのに何も買わずに去るのはもったいない。どうせだから何か買いたい。220円以下の文庫本コーナーから選ぶことにしよう。……としばらく棚を物色したが、欲しい本が特にない。買う本を探しているうち、お店の冷房で体がどんどん冷えてきた。なんだか体に異変を感じる。ああ、早く決めなきゃ。とりあえず、新潮文庫の河上徹太郎編『萩原朔太郎詩集』(110円)を買おう。あとは110円のやつをもう一冊。佐藤忠男著『黒澤明の世界』にするか楠田枝里子著『センチメンタル・マシーン』にするかで悩んだ挙句、楠田枝里子著『センチメンタル・マシーン』を選ぶ。ぼくは気楽に読めるエッセイが好きなのだ。
陸橋を再び渡り、今度こそ自宅へ帰宅。玄関のドアを開けて入った瞬間、猛烈なだるさを感じた。明らかに体がおかしい。いますぐ横になりたい気分だが、汗をかいたまま眠ったらもっと悪いことが起こる予感がしたので、気力を振り絞ってシャワーを浴びに行く。熱いシャワーを浴びているはずなのに悪寒がする。完全に悪寒がする。少しめまいもする。
浴室から出て、顔を洗って、部屋着に着替えて、リビングのテーブルへ。なんとはなしに体温計で体温を測る。ピピッ。はい、38.6度。めんどくさいことになりましたね。ぼく、明日はバイトがあるんですけど。棚を探したら「新ルルAゴールドDXα」があったので、使用期限がまだ切れていないことを確認した上で服用する。あっ、でもこの薬は食後に飲まなきゃいけないんだったと気付いて、冷蔵庫の中にあった6Pチーズを慌てて1個食べたけど、いまとなっては意味のない行動だったなと思います。
ベッドに入って、とりあえず由梨に「体がだるかったので体温を計ったら38.6度あった。そちらは大丈夫?」とLINEを送る。ウイルスをうつしてしまったかもしれないと考えたからである。送ってからしばらく待ったが既読はつかず(バイト中なのだから当然だ)、ぼく自身も悪寒がひどいままだったので眠りについた。普段のぼくだったらradikoか「らじる★らじる」でラジオの聴き逃し配信を聴きながら眠るところだが、この時は体調が悪すぎて何も聴く気にならなかった。
トイレに行きたくなって起床。どうやら5~6時間ほど寝ていたらしい。母親もとっくに帰宅していたので、「熱があるのでしばらくぼくに接触しないようにして」と伝える。トイレに行って便座に座って小用を足す。自分自身の下半身を眺めながら、ぼくは自分の体調不良を実感した。……いや、シスジェンダーの男性なら共感してくれるんじゃないかと思うんですが、発熱した時って下半身が普段よりダラけた感じになりません? 以前、同じサークルの男子(たしか河村か藤沢だったと思う)とそういう話になったので、それが男性の発熱時あるあるだとぼくは信じているんですけど。
少し前に買って冷蔵庫に入れたままにしてあったポカリスエットを飲んだあと(とても美味しい!)、体温計で再び体温を測る。ピピッ。37.3度。おっ、かなり熱が下がっている。これなら微熱じゃないか。まあ、たしかにさっきほど悪寒はひどくないしな。じゃあさっきの下半身がどうこうという話はなんだったんだという感じだけど、まあ、そこはぼくの体が敏感体質だということで。
ベッドに戻ってスマホを確認する。予想通り由梨から返信が来ていて、「わたしは全然大丈夫」とのことだった。逆にぼくの体調を気遣う言葉……というか、色々と質問が送られてきていたので、ぼくは「いま測ったら37.3度だったよ! 悪寒も収まったしこれなら明日バイト行けそう」と明るく返信した。そうしたら「熱が下がったのはよかったけど油断しちゃダメだ」とか「バイトは無理しないほうがいい」とか返ってきたけど、ぼくがバイトを休む必要がないことはこの時点ではっきりしていた。
ぼくのこの度の体調不良の原因は、「暑い屋外」と「冷房が効いた空間」を行ったり来たりして、汗をかいたり引っ込めたりを何度も繰り返したことだと思う。それで自律神経が乱れて、高熱が出てしまったということなんだと思う。おそらくどこの病院のどこのお医者さんが診てもそういう結論になるであろう。
あとは、やっぱり寝不足だったのも関係あるんじゃないかなあ。前の晩にしっかり睡眠をとっていれば、気温差にも体力で抵抗できていた気がする。睡眠不足で寝坊して、慌てて家を飛び出して、自転車を猛スピードで走らせて汗をかいて、そこからあの日のぼくの「汗をかいたり引っ込めたり」という悲劇が始まったのだ。そう考えれば、みなとみらいでぼくと同じ行動をしていたのに由梨は体調を崩さなかったのも説明がつく。由梨は前の晩にしっかり睡眠をとっていたから(たぶん)、自転車を猛スピードで走らせる必要がなく、「汗をかいたり引っ込めたり」で一日の幕を開けずに済んだ。それが由梨の体調不良を防いだのだろう。どうです、ぼくのこの鮮やかな名推理は?(この推理には穴がありそうですが……)
結局、半日ぐらいかけてぼくの熱は少しずつ引いていって、悪寒もほとんどなくなった。バイトの出勤前に体温を計ったら36.5度だった。少しフラフラした感じは残っていたけど、バイト先(近所のコンビニ)での業務に勤しんだ(もちろんマスクは着けていた)。帰ってからしっかり睡眠をとるようにして、目覚めた時にはもう月曜の体調不良のことなど忘れているぐらいに元気になった。
ただですねえ……あれから2週間近く経って、最近なんかまた体調が悪い方向になってきた気もするんですよね……。発熱や悪寒はないんですけど、ちょっと体がだるいっていうか。毎日暑かったのが急に涼しくなって、そうしたら今度はまた暑くなったりしてっていう気候にぼくの体が影響を受けているのかもしれません。あるいは、「寒暖差で体調を崩した」というだけの話を7,000字にわたって書いたせいで体力が落ちているのかもしれません。
体力を充電するために今夜は早く寝よう……と言いたいところだが、あいにくぼくには今夜もコンビニ夜勤があるのです。今夜、夜勤がないひとはぼくの代わりに寝ておいてください。これから本格的にやってくる「季節の変わり目」に備えておきましょう。季節の変わり目って体調崩しやすいみたいですからね。まあ、ぼくが偉そうに言えたことじゃないけど……寒暖差で体調を崩したパイセンとしてこれぐらいのマウントは取らせていただきます。寒暖差には気をつけろ!