ぼくは女の子に告白してしまう
池袋での3回目のデートでも結局ぼくは「ゲイなのであなたとは付き合えません」と言うことができず(どんだけ気が弱いんだって話ですが)、それどころか、帰宅後に届いた「プラネタリウムも展望台も楽しかったね! ドキドキした!」「今夜はリラックマくんと一緒に寝るね!」という由梨からの意味深なメッセージに対し、ぼくは「実は今日言いたかったことがあったんだけど言えなくて……次回こそ言わせてください」というさらに意味深なメッセージを送ってしまった。由梨から返ってきたのは「楽しみにしてます……!」という文面で、明らかにぼくの「言いたかったこと」の意味を誤解しているようすだった。ぼくは時々こういうヘマをやる。肝心なポイントで相手の誤解を招くようなことを言っちゃうんだ。
由梨はぼくから「言いたかったこと」を早く聞き出したかったらしくて、その翌々日には「今度はいつお会いしましょう?」というメッセージ(+レインコートを着たうさぎのスタンプ)が送られてきた。ぼくとしては「ぼくはゲイです」と伝えられればいいだけだったから、4回目のデートはただの学校帰りの晩ご飯の席にしようと思った。これまでの半日デートとかじゃなくて。それで、由梨の学校の最寄り駅周辺の飲食店で会いましょうかと提案してみたんだけど、「だったら吉祥寺のほうがお店いっぱいあるよー!」って逆提案されて、ぼく的にも電車で一駅しか変わらないから吉祥寺でいいやという話になった(彼女の大学名特定されそう)。
5限後だったから、たしか夜7時に改札前で待ち合わせとかだったと思う。さすが由梨は吉祥寺に詳しくて、落ち着いているけどかわいい雰囲気の洋食屋さんにぼくを連れて行ってくれた。ちなみに、ぼくらはそこにいまもしょっちゅう行く(お店の名前を書いてもいいけど、このnoteを読んでいるひとと遭遇したら怖いので秘密にしておきます)。オムライスを食べながらお話しているあいだ、ぼくはいつ「ぼくはゲイです」と告げようか悩み続けた。ただ、なんかこの雰囲気だとカミングアウトしづらいぞ。どうしよう、タイミングが……なんてことを考えていたら二人とも一通り食べ終わっていて、仕方がないのでお店を出た。もう8時半を過ぎている。ぼくは「言いたいこと」を言えずに追い詰められていたが、由梨もぼくの「言いたいこと」を聞き出せていないためソワソワしたようすである。由梨が「井の頭公園へ行ってみる?」と提案してきて、ぼくもたしかに公園ならしゃべりやすいかもと思って、そのまま由梨について行った。七井橋通り(という名前らしい)を通って階段を下りて井の頭公園に入り、なんとはなしに右のほうへ進んでいく。この時間の井の頭公園はかなり暗い。この暗さのおかげで逆にしゃべりやすい気がする。最初は池のほうを一緒に周っていたんだけど、ぼくはベンチがあるのを見つけて「ちょっと座ろっか」と由梨に呼びかけた。
二人で並んでベンチに座る。沈黙。silence。鳥や虫の鳴き声が聞こえる。ぼくはやっぱりいきなりカミングアウトする勇気がないから、この前の池袋デートの話を振ってみたりする。「展望台すごかったね」とか「リラックマのぬいぐるみどうしてる?」とか。会話が盛り上がる。そして途切れる。沈黙。silence。もう逃げられない。ぼくは小さく深呼吸すると、「……小手さんは……いま好きなひといる?」と尋ねる。言った瞬間に「間違えた!」と思った。何度思い返しても常軌を逸した質問だと思う。ぼくのこと大好きで大好きでたまらないのダダ漏れの相手に「いま好きなひといる?」だもの。そこは絶対踏んじゃいけない地雷だろ。ぼくはいまから「ぼくはゲイです」って言わなきゃいけないんだぞ。しかし時間は戻ってくれない。「いま好きなひといる?」と聞かれて由梨は一瞬戸惑ったものの(当たり前だ)、すぐ次の瞬間にはぼくの目をまっすぐ見据えて「うん」と言い切る。はあ、かわいそうに。小手由梨さん、あなたの心はこのあと破壊されます。
「ぼくはゲイです」。たしかにそう言ったつもりだった。でも、実際にぼくの口から出たのは「ぼくと付き合いませんか?」という言葉だった。言った瞬間、「間違えた!」とは思わなかった。ぼくを見つめる由梨の瞳は優しくて、あたたかくて、かわいくて、力強くて、ぼくはゲイだがこの女性となら一緒に時間を過ごしていける、そんな気がしたんだ。まあ、それはぼくの完全なる思い違いにすぎなくて、ぼくは帰りの電車の中で早くも告白を後悔し始めたわけだけど。ちなみに、ぼくから告白された時の由梨のようすはというと、ものすごくうれしそうだった。大きくうなずいて「うん! お願いします」って、目をキラキラさせて声を弾ませながら即答した。それに、少しほっとしていたようすでもあった。3回もデートしたのに告白されないから由梨はちょっと不安に思っていたんじゃないのかな、きっと。それこそ「実はぼくはゲイなんです」とか言われるんじゃないかって。でも、4回目のデートになっちゃったけど、相手からきちんと「付き合いませんか?」って言ってもらえた。ぼくが由梨の立場だったらめちゃくちゃうれしいし、心からほっとすると思う。もしかしたらその場でコサックダンスを踊り出してしまうかもしれない。踊り方知らないけど。
人生はふしぎなものだ。こうやって振り返ってみて思ったんだけど、最初のデートも2度目のデートも3度目のデートも4度目のデートもすべて由梨の提案によって行われたもので、ついでに言うと現在に至るまでのデートもほぼすべて由梨の提案で行われているんだから(この「ほぼ」の意味については改めて話します)、「付き合ってください」という提案だって由梨のほうから起こされていておかしくなかったはずだ。告白に限っては男からしなければならない、という決まりはまさかこの世にあるまい。そして、もしも由梨のほうから告白されていたら、きっとぼくはその返答として「ごめんなさい。実はぼくはゲイでして……」と自然に言えていたような気がする。「ぼくと付き合いませんか?」なんてことは決して口走らなかった気がする。由梨はぼくに対していつでも「提案する側」なのに、告白だけはぼくに委ねたのは、本当に運命のいたずらが働いたとしか思えない。
さて、ぼくらは電車に乗って自宅に帰ります。列車の座席に並んで座りながら、もうすでにぼくの後悔は始まっていたんだけど(「やっぱり女子は無理だ……なんで告白しちゃったんだろ……」)、逆に由梨としてはいまようやくぼくとの恋人関係が始まったのだった。由梨は最初のデートの時からぼくのことを「(ぼくの下の名前)くん」と呼んでいたけど、ぼくはそれまで由梨のことを「小手さん」と名字と呼んでいた。中央線の車内で由梨が目を潤ませながらぼくに要求したのは、「名字じゃなくて下の名前で呼んでほしいな」ということだった。はい。カップルならそれがふつうでしょうね。ぼくはめちゃくちゃぎこちなく「……由梨……さん……」と声に出して言ってみた。由梨はとりあえずそれで満足したようだった。京浜東北線に乗り換えてガタンゴトン、まもなく蒲田駅に到着するので電車の中で「じゃあね!」「じゃあ……」と解散した。由梨のバイタリティはすごい。ぼくが帰宅した頃には「(ぼくの下の名前)くん、今日はとってもうれしかった! これからよろしくお願いします」というメッセージ(+リスがハートマークを抱えているスタンプ)が届いていた。ああ。やめてくれ。ハートは本当にやめてくれ。言っておくが、由梨は見た目は最高にかわいく、性格は最高に朗らかで優しい。そこはぼくが保証する。問題はその子が女の子で、ぼくがゲイだということだ。かくしてぼくらの奇妙な関係は幕を開けた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?