ぼくは後輩の成長に目を見張る

 ぼくは後輩の成長に目を見張る。秋学期が始まってすぐ、大学の放送研究会の同期である河村、宮田と一緒に飲みに行った。ぼくを含めて3人とも、去年いっぱいで部を引退した4年生である。まあ、ぼくは放送研究会の引退後に性懲りもなくインカレの放送サークルを立ち上げて、そこには河村も入っているんですけども。

 まだ一杯目か二杯目を飲んでいる時だったと思うが、宮田から「この前部室に寄った時にアクに会ったけど、大人っぽくなったよね。久しぶりに会ったら印象が変わっていた」と言われた。「アク」というのは2年男子の阿久澤のことで、放送研究会の渉外であるが、ぼくのインカレサークルにも入っている。ぼくの側近……と言うと語弊がありますけど、もともとぼくが渉外にスカウトした人間で、ぼくの身内の人間なので、宮田はぼくにその話を振ってきたのだろう。

 宮田からそう言われ、ぼくは「そう? まあ、1年生の時と比べたら多少は変わったかな」と返したけど、阿久澤をめぐる話題はそれ以上は広がらなかった(というか、「部室に何しに行ったの?」とぼくが宮田に尋ねたので話題が変わってしまった)。

 さて、それから数日後。先週のことである。池袋で、伊勢崎(放送研究会の同期で、やはりぼくのインカレサークルにも入っている女子)が企画した意図不明の飲み会が開かれた。宮田は参加しなかったけど、河村とか阿久澤とか笠井(4年男子)とか梶(3年男子)とか南沢(2年女子)が参加して、最終的に10名ほど集まった。ぼくとしても久々に会うひとが何人かいたので楽しかった。まあまあ酔っ払った。

 二次会に行くことになったが、伊勢崎が二次会のお店をすでに予約していたりするはずはないので、ぼくと阿久澤がお店を探した(4年生にも店探しをやらせるところがうちの放研のいいところである)。電話で予約が取れたので、みんなを引き連れて怪しげな半個室居酒屋へGO。はい、そこの段差気を付けてくださーい。路上では広がって歩かないでくださーい。梶くん、起きてますかー。伊勢崎さん、声のボリューム落としてくださーい!

 その半個室居酒屋はあまりにも室内の照明が暗く、ほとんどお化け屋敷の中のようだった。全員が座れるテーブルが埋まっているということで、2班に分かれることに。ぼくは、河村、若林(4年男子)、梶、阿久澤と一緒の半個室に入ることになった。先輩男子4人に囲まれて阿久澤はかわいそうだなと一瞬思ったが、まあ、伊勢崎(泥酔)(暴走)(喧噪)のいるテーブルよりはこちらのほうが遥かにマシであろう。

 飲みながら昔話になる。宮田の名前が出て、「そういえばこの前、河村・宮田・ぼくの3人で飲んだよね」という話になった。ぼくはその時に宮田が話していた内容を思い出し、「そういえば宮田が『久しぶりに会ったらアクが大人っぽくなっていた』と言っていたよ」という話をした。それを聞いて、阿久澤本人は「そうですか?」と反応していたが、河村と若林は「変わったよ、変わった」「1年生の時はかわいらしかったけどいまはかっこいいよね」と阿久澤の変化を認めていた(梶は寝ていた)。

 まあ、たしかに1年生の4月の時点から振り返ってみれば、阿久澤は変化してはいるよな。まず、髪型が変わった。髪の色も一時期変わった(いまは黒髪に戻っているが)。服装もきれいめコーデが増えた。あと、靴とかかばんとかハンカチも変わっ……ているはずだけど、さすがにそこまではぼくも注意して見ていません!

 ただ、それらはあくまで外見の変化の話である。よくよく分析すると、阿久澤は内面も変化している。まず、社交的になった。他大学の渉外の友人がいっぱいできた。少し前、阿久澤と一緒に他大学の番組発表会に行った時、阿久澤は本当に色んなひとたちとフレンドリーに接していたもんなあ。それを傍から眺めて、ぼくは「いつの間にか阿久澤は頼もしくなったなあ」と感じたもんなあ。

 藤沢(3年男子)や佐々木(3年女子)あたりから漏れ聞く話によると、阿久澤は放送研究会内でもみんなから愛され、頼りにもされているらしい。放送研究会ではいま、会長の岩下(3年男子)が孤立状態で、副会長の関口・深田(2年男子)と対立しており、しかし関口と深田のあいだにも溝があるという泥沼の政治劇が繰り広げられているそうだが、その中で阿久澤は「中立派」として全体の調整に奔走しているそうだ。たぶんいま阿久澤がいなくなったら放送研究会は崩壊するだろう。

 阿久澤の内面でいえば、この日初めて知ったこともあった。「下ネタ」である。河村と若林がいるテーブルなので、この席では当然のように性的な事柄が話題になった。この時に阿久澤が笑顔で話題に乗っかっていたので、ぼくは「阿久澤も下ネタを言うのか」と内心ちょっとびっくりした。長い付き合いになるが、ぼくが阿久澤の口から下ネタを聞いたのはこの日が初めてだったのだ。しかもなかなかエグめの下ネタである。阿久澤はぼく的には出会った時からずっと「かわいい弟」キャラなので、阿久澤がエグい下ネタを言うのはイメージに合わないんだよなあ……

 まあ、阿久澤の名誉のために言っておくと、エグい下ネタといってもコンプライアンスに抵触しそうなやつじゃなくて、「彼女と仲良しです」という話に毛を生やした程度のやつです(本当か?)。それにこの日は全員かなり理性を失っていて、普段は彼女とのあれこれを絶対に他人に言わないように気を付けているぼくでさえ、つい口を滑らせて色々喋っちゃったぐらいですから。内容の衝撃度で言ったらぼくのほうがエグかったかもしれないし。

 でも、そんなことよりなによりぼくが驚いたのは、阿久澤がこの二次会のお会計をみんなから徴収して、一つにまとめて、いつの間にかレジで支払ってくれていたことだ。まあ、これは、この種の飲み会(幹事がいない飲み会or幹事が機能していない飲み会)ではいつもお会計時のまとめ役をやらされているぼくが、この二次会に限っては結構酔っ払ってしまって使い物にならなさそうだったからかもしれない。

 うちの放送研究会だけかもしれないが、特定の幹事がいない飲み会……いや、幹事がいる飲み会でも、お会計のまとめ役は渉外担当がやることになりがちである。ぼくとか佐々木とか。そういう意味では、渉外歴1年半の阿久澤がお会計のまとめ役をやるのは不思議でも何でもないが、ぼくとしては阿久澤がそんなことをササッとスマートにやれるようになっていたなんて知らなかった。だから、阿久澤が「おれが集めます」と言って一人あたりの割り勘額を計算し始めた時は「えっ、そんなことできるの? やってくれるの?」とびっくりしたし、いつの間にか阿久澤がみんなからお金を集めてレジで支払ってくれていたのを知った時は「アクやるなあ」と感動した。

 馬鹿みたいな話に思われるだろうけど、ぼくは本当に感動したのだ。だって、初めて会った頃の阿久澤はもっと内気な感じで、声も小さかったし、笑顔ではいるけどオドオドした感じだったんですよ。それがいまや他大の渉外とフレンドリーに談笑していて、部内のみんなから頼られていて、先輩たちが多い飲み会で代金をまとめていつの間にか支払っているんだもの。これを感動するなというほうが無理。いやあ、人間の成長って本当にすごい。

 ぼくは後輩の成長に目を見張る。1年半前と比べて阿久澤が人間として確実に成長している一方で、ぼくは確実に退化している気がするが、それで世界のバランスが取れているならよしとしよう(?)。ただですね、性欲の成長に関しては少し自制したほうが……彼女とヤり足りなくてホテルをはしごしたという話は阿久澤のキャラに合わないのでドン引きしました……が、まあ、誰に迷惑をかけているわけでもないからいいか。こんな風にネタにしてしまって申し訳ないけど、アク、これからもよろしく。このnoteを本人が読んでいないことを祈る!

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