吉野拾遺 上 11 同局吉野川ニテ高名ノ事
【同局吉野川ニテ高名ノ事】
この局、一とせむさしのかみ師直が、皇居をおそひ奉る時に防ぐべきたよりのなかりければ、人々猶山深く入らせ給ひけるに女院の御供に、はかばかしき侍をもつき奉らで、女房たちばかりなりけり。よしの川の橋一けんが程、ふみおとしてありけるに、せんかたなくて、みなあきれたたせ給へるに、このつぼね、そのほとりの松桜のおほきなるえだどもを、ひきて給ひけり。後にそのときのおほきさなる枝を、園部の六郎にをらせて御覧ありけれども、かなはでやみにけり。いといかめしきことにぞありける。今は左馬頭正儀の妻になんなり給ひし。