吉野拾遺 下 08 公行朝臣閑居ノ事

【公行朝臣閑居ノ事】
 長月のころ、よし野を出でて、ならの都のゆかしく侍りて、ここかしこみありき侍るに、大安寺といへる所に、公行朝臣の世をいとひますなるを思ひ出でて、たづね侍りしに、ひまあらはなる柴の戸の、しばしがほども住むべくもあらぬいたゐの水は、木の葉にうづもれて、わざとならぬ庭の草むらの色は、さながら霜にけたれぬるにや、風もたまりぬべくもあらぬしゃうじをひきたてて、いますにや、そのかたに御経の声ぞかすかにきこゆなる。よみみてさせ給へるほどを待ちて、見え奉れば、さしも花やかにわたらせ給ひし御ありさまは、いづちいにけん、やせおとろへさせられて、香のけぶりにふすぼり給へる御かたちに、涙をうかべさせ給ひて、「世の中のつつましさに、ふとおもひ立ちて、かかる姿にこそ侍れ、そのきはには、人々の涙のみ立ちそひ侍りて、世をのがれしかひもなくこそと、くやしくのみ過しさぶらひしが、程ふるままに、浮雲のきえゆくここちになんものし侍りて、心の月もすみわたりて、後の世のいとなみより外もさぶらはねども、父の卿のさぞたよりなくおぼしなげかせ給ふらんと、おもひ出づるたびごとに、またかき曇るにこそ。されどよみ奉る御経は、その御為に回向すなれば、二世ともに御心やすくわたらせ給はむかしと、立帰り給はば、つたへなん」など仰せられて、一夜の程、むかし今の御ものがたりして、ほのぼのとあくるほどに、なくなくかへりにけり。此の公行朝臣は洞院の右大臣の御子にて、御おぼえもいかめしくわたらせ給ひ、頭中将までならせ給ひけるが、今上のきさいのみやを、いかなるたまだれのひまもとめ給ひけるにや、ほのかに見させ給ひけるに、たへぬ御おもひに、世の中のこともおぼしわすれて、うちふさせ給ひけるを、しばしはいかなる御なやみおにやと、人しらざりけるに、おもひよわらせ給ひけるにや。しのびて御ふみ奉らせ給ふ。
 よしの川岩打つなみのいはでのみ 玉ちる袖を君に見せばや
御返し、
 なき名さへはやくながるるよしの川 岩打つ浪のいはでやみなむ
とありけるを、うちもおかせ給はでながめさせ給ひけるに、御父の卿のふといらせ給ひければ、おどろき給うて、おきわすれけるを見給うて、「ためしなきことにはあらねども、かくみだれたる世にしあれば、君さへひなの御住居にわたらせ給ひて、やすき御心もおはすべきかは。まして下としては御敵をほどぼしなむはかりごとを、心にこめてこそ誠の道ならめ。それさへあるに、御うしろめたき事にこそ。おもひとまらせ給へ。公泰公の三の君をこそむかへさせたはむずれ」と、いさめさせ給ひけるを、いといたうはづかしげにおぼし入らせ給ひし御けしきなりしが、その夜よし野をしのび出でさせ給ひて、御行方のしばしはしれざりけるが、程へて大安寺にいますよしのきこえければ、大臣殿よりさまざま仰せられけれども、こころつよく世をのがれさせ給ひけりとかや。

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