吉野拾遺 上 08 宗房卿秀句ノ事
【宗房卿秀句ノ事】
先帝の御時、弁の内侍といひけるは右少弁俊基朝臣の御女なりけり。御父におくれさせ給ふものから母君さへ世をいとはせ給ひければ、三位行氏卿のもとにおはしましけるを、先帝御位を復させ給ひしより御宮つかへし給ひけり。又世の中乱れて、皇后も所定らざりけれども、はなれ給はで、よしのまで参り給ひけり。ある夜、御前に中納言隆資卿、洞院実世卿、宗房卿其の外あまたさぶらひ給ひけるに、みき賜はせむとて、その内侍の御かはらけもて出で給ひけるに、いかがし給ひけん、とりおとし給うて、ふたつばかりわれにければ、御けしきのいとあしげに見えさせ給ひければ、とりあへず、
さかづきのわれてぞいづる雲の上
とのたまひければ、御心よげに「誰かつくべき」と、秀句にとりなさせたまひければ、宗房卿
星の位の光そへばや
といひ給ひけるに、興ぜさせ給ひて、夜も明けなむとするまで、御酒参りけるに、山がらすの声の聞こえければ、隆資卿
還幸となくやよしのの山がらす かしらもしろしおもしろの夜や
とのたまひければ、いたう御心よげにわたらせ給ひけり。