吉野拾遺 下 17 中納言ノ局ノ事
【中納言ノ局ノ事】
正平みづのえのたつの年の春、旧都の主上、本院、新院、ともにとらはれ人とならせ給ひて、此の山にいらせ給へるに、黒木の御所のあさましきに、ところどころしのにて厳しく囲ひなして、なほそのほかにもうばらからたちをくまなくうゑたるうちに、おしこめ奉る。誠に見るめもいとかなし。さくらより外に御なぐさめもなかりけるにや、中納言のつぼねの、
かかる世もよしやよしのの山ざくら やどのものとてかざしにもせむ
とそうし給ひけるとききて、世の中のはかなき事を、花におもひなぞらへ侍りて、
かくばかりうつればかはるみよしのの 花見てくらす身こそつらけれ