吉野拾遺 上 05 匂当内侍歌ノ事
【匂当内侍歌ノ事】
おなじ御時、山のさくらをながめさせ給ひて、匂当の内侍に「折ふしのうつりかはるこそ。昔のうたに
おしなべてこのめも春と見えしより 花になり行くみよしのの山
とよみつる時は此の山をまだ見ざりし。今はたここに住みなれて、その折ふしの恋しくおもい出でらるるはいかに」とのたまはすれば、ともにうち泣き給ひて、
いにしへをしのぶなみだはみよしのの よしのの山の花のした露
と奏し給へば、いといたうあはれがらせ給ひけり。誠にかぎりなきなみだの、いとどしくる覚え侍る折りふし、雁の通りければ、おなじ内侍に「心なく雁こそかへれ」とのたまはせ給ひければ
雁がねにわが身をなさばみよしのの 花は見すててかへらざらまし
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