思い切ってピアノを処分! プロの力とピアノの未来に思いを馳せた日
ここ20〜30年ほど頭を悩ませていたのが、古いアップライトピアノの処遇です。2階の自室にあったピアノは、40年前にクレーンを使って窓から搬入したもの。ピアノを使わなくなって以来「処分しなきゃ」と思いつつ、ずっとほったらかしにしていました。なぜなら、40年前は低かった側道の木が大木となり、搬出の邪魔になってしまったからです。自治体管轄の道路にある木なので、勝手に切るわけにいきません。
ウチの階段は「かね折れ階段」と呼ばれるタイプの途中で折れ曲がっている狭い階段なので、ピアノは運び出せません。だからこそクレーンを使って搬入をしたのですが、まさか「40年後に側道の木が伸びて搬出の邪魔になる」とは考えもしませんでした。
しかしついに今年の3月、重い重い腰を上げてピアノ引き取り業者さんに相談。その過程で「悩んでいるならプロに聞け」ということをしみじみ実感し、ついでに去っていったピアノを思って、ちょっぴり悲しくなったのでした。その思いを備忘録として残しておきます。
解体か、引き取りか
側道の木を切るとなれば、自治体との交渉は必須です。仮にOKが出たとしても、木の切り倒しや処分にはお金がかかる上、現状復帰を求められたら、同じ大きさの同種の木を購入して植樹しなければなりません。この手間やコストを考えると、クレーンで運び出すよりも解体の方が楽だと思えました。
ただしピアノ引き取り業者さんの場合、そもそも中古ピアノを再販する目的があるため、解体は基本的にNGです(過去に解体を相談して断られました)。そこで便利屋さんに電話したところ、下見に来ていただけることになりました。というか、ピアノ搬出に向けて部屋中のガラクタを片付けたので、その廃棄作業も兼ねて下見をお願いしたのです。
結論からいうと、解体は不可でした。理由は2つあります。第一に、ピアノは木材・金属・繊維など約8000ものパーツで構成されており、複雑に絡み合っているので処分が非常に難しいこと。第二に、解体時には怪我のリスクがあること。鋼鉄製のピアノの弦は張力が強く、下手に切断しようとすると弦がはね上がって、大怪我を負ってしまうそうです。
かといって、クレーンを使うとなると、やはり「側道の木を切らないと搬出できません」とのこと。悩んで悩んで仕方なく、便利屋さんには不要品引き取りだけをお願いし、ピアノ引き取り業者さんに電話してみました。
搬出はOK! しかし別の問題が発生
ピアノ引き取り業者さんに電話すると、「とりあえず明日、クレーンを持ってお伺いし、搬出できそうならしちゃいますから」という心強いお返事が。内心「無理だろうなー」と思ったのですが、翌日、2階対応のクレーンと共に業者さんがやってきました。
周囲の木を確認し、側道からクレーンをテスト稼働したところ、なんと「行けますね」と太鼓判! ただ、やはり側道の木が高いため、2階用クレーンでは無理、「4階以上の建物対応のクレーンなら余裕で運び出せます」とのことでした。
使わないピアノをようやく引き取ってもらえる! さすが専門家は違う! と大喜びしたのも束の間。部屋の窓の取り外しテストをしてみたところ、作業の方が「あれ?」と困惑した表情を見せるのです。
「これ……、窓枠が古くなって歪んでいるようです。取り外せません」
がーーーーーん!
ようやくピアノ搬出のメドがたったと思ったので、なおさらショックでした……。
近所のリフォーム会社さんに聞いてみた
「窓を取り外せるようになったら、またご連絡ください」と言い残し、風のように去っていったピアノ引き取り業者さん……。
どうしようかと窓の外を見ると、ご近所にあるリフォーム業者さんの看板が目に飛び込んできました。そういえば、犬の散歩で毎日前を通りかかっていた! 図々しくも直に相談に伺いました。
「近所だから」ということで実際に来ていただき、窓を見てもらったところ、「これ、防音工事した窓なので、サッシの密閉性が高いんです。取り外しにはコツがあります」といい、軽々と窓を取り外してくれました。
ぱぁぁぁーーっ!
ある分野の専門家が「できない」といったことでも、その道のプロにかかると「できる」となる!
ここへきてようやく、「素人の自分が『無理』と思ったことでも、専門家に相談すると、意外と『できる』ものなんだ」と気付いたのです。
そしてピアノは運ばれていった
リフォーム業者さんに窓の取り外しと、ついでに網戸の張り替えや窓枠点検をお願いし、ピアノ引き取り業者さんに連絡して、1週間後に引き取りとなりました。引っ越しの多い3月という時期、しかも4階以上対応のクレーンは関東近隣に1台しかないので、いつも予約が一杯だそうです。
予定時間から3時間遅れてやってきたピアノ引き取り作業員さんは、1人はベテラン、1人はアルバイトの方でした。ベテランの指導の下、2人がかりで250キロあるアップライトピアノを取り外した窓の側までスルスルと動かし、傷がつかないように大きな布で本体を包み込みます。ヒモで縛って固定し、クレーンにひっかける準備をします。
そしてピアノは運ばれていきました。クレーンが動き出してから、ピアノをトラックの荷台に載せるまでの時間はおよそ5〜6分くらい。250キロものピアノは宙をブラブラすることなく、40年間閉じ込められていた部屋から静かに静かに出て行きました。
どこかで活躍していてほしい
ピアノ引き取り作業員さんによると、いま全国展開している中古ピアノ引き取り業者は10社くらいで、どの事業者でも1日当たり10〜20件の引き取り依頼があるそうです。つまり1日100〜200台の中古ピアノが引き取られているようで、「数が少ない大型クレーンは予約が殺到するんです」とのこと。
国産初のアップライトピアノを開発したのは、ヤマハ創業者の山葉寅楠氏で、明治33年(1900年)のことでした。戦後はピアノの量産体制確立に向けてFA化に取り組み、昭和40年代後半には、中小メーカーも含めて年間30万台以上のピアノが作られたそうです。
その甲斐あって、昭和60年代にはピアノの世帯普及率が20%近くに達しましたが、欧米でもピアノ普及率が22〜23%になったとたんに需要が急落したそうで、日本もこのジンクスを乗り越えることができませんでした。少子化や経済環境の悪化もあり、それ以降国内ピアノ需要は減少していますが、1970〜1980年代に製造された日本のピアノは高品質なため、海外では大人気だとのこと。でも「このペースで中古ピアノが家庭から引き取られていくと、ピアノ引き取り産業もあと10年後には成り立たなくなってくるでしょう」と作業員さんは話していました。
ひとまず、私の元では活躍できなかったピアノが、どこかで音楽を奏でているといいな、と思っています。
<参考>
『ピアノがもっと好きになる! ピアノ雑学100』/シンコーミュージック・エンターテイメント
しずおかの文化新書18 浜松ピアノ物語 (しずおかの文化新書18 シリーズ知の産業)/公益財団法人 静岡県文化財団
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