戦略マネジメントゲームで考えるマーケティング戦略
戦略マネジメントゲームは、プレイヤーひとりひとりが社長になり製造業の会社経営をして、4,5人で利益を出すことを競うボードゲームです。ゲームというわりには、まるで仕事をしているような濃密な学習ツールです。
会社では1年を1期として会計をくぎりますが、戦略マネジメントゲームでは1時間で1期をこなします。1時間のうち前半2~30分は経営の時間です。
テーブルの真ん中には市場をあらわすボードがあります。社長は手元にある資金を使って、工場を建設し、人を雇い、市場から材料を購入して加工を行なって商品にし、ふたたび市場で販売をします。プレイ中は現金出納帳に1ターンごとに、いくらお金が入ってきたか、何にいくら使ったか、残高はいくらか、記録を行います。
商品を販売するには競合企業との競りに勝たなくてはいけません。もっとも安い値段を提示した社長の商品が売れますが、安くしすぎると利益が出ないためバランスが難しいところです。
戦略マネジメントゲームは、会計を学ぶためのゲームであり1時間のうち後半は決算を作成する時間です。現金出納帳からPL、バランスシート、キャッシュフロー計算書を自分の手で計算して作っていきます。
学習効果は絶大であり、会計に関する本を3冊読むより、ゲームを10回プレイする方がはるかに会計に対する理解が深まります。
しかし、それだけでなくマーケティングについても理解を深められるのではないか、という着眼点で書いたのがこの記事です。
商品がまったく売れない!
戦略マネジメントゲームでは、競りによって商品の販売を行いますが、最初にぶちあたる壁は商品が計画通りに売れないことでしょう。
プレイしていると段々と値下げ競争がはじまっていき、価格負けして出品してもまったく売れない状況になります。これ以上値下げをするとまったく利益がでない、でも安くしないと売れない、というのはツライ状況です。
しかし、その状態でも売れている人はきちんと売上も利益を出しています。利益を出せる人と出せない人の違いはどこにあるのでしょうか?
違いはマーケティング力にあります。戦略MGにおいてマーケティング力とはどう決まるのかを解説していきます。
マーケティングとは?
マーケティングとはなんでしょうか?CMを作ること?WEBで広告を配信すること?あるいはチラシを配ることでしょうか?
そのようにイメージした方もいらっしゃるかもしれませんが、正しくはマーケティングとは「売れる必然を作り出す」ことだといえます。
お客さんに直接に会って売ってくるのはセールスの仕事です。マーケターはセールスが確実に商品を売れるように、その環境を作ってあげることとも言えます。
マーケターは売上を作ることを目的に仕事をします。経営者の仕事は利益を出すことです。
マーケターはあらゆる可能性の中から、もっとも売れる必然の状態を作り出すために、限られた資源を戦略的に配分をします。その選択肢は広告に限りません。
これが、売上を決める公式です。
その中でも、認知と配荷とプレファレンスが、マーケターがコントロールしやすい、重要な3要素です。
売上を上げることを例えるなら、川上にある市場の湖から川下のバケツに水を溜めていくことです。バケツに溜まった水が企業の売り上げになります。そして、マーケティングの役割とは水の流れをコントロールして、よりはやく多くバケツに水が溜まるようにすることです。
バケツによりたくさん水を貯めるには二つのアプローチがあります。一つは川の途中にある石などを取り除いて、川の幅を川下まで一定にして流れやすくすること。
川の流れの障害を取り除くことは、認知率と配荷率の改善をあらわします。
もう一つは、斜面の角度を急にして流れを速くすることです。川の斜面を急にすることは、プレファレンスを高めることです。
プレファレンスは理論上どこまでも高めることができるため、もっとも重要な変数です。
プレファレンスとは
プレファレンスはブランドへの好感度のことです。複数の商品候補の中からどの商品が選ぶかということです。
消費者は常に一つのブランドを選ぶわけではありません。複数のブランドの選択肢の中から、頭の中にあるブランドへの好感度の優先度に応じてランダムにサイコロを振るようにして選んでいます。
では、好感度はどのようにして決まるのでしょうか?その要素は以下になります。
製品パフォーマンス
製品パフォーマンスとは、製品の機能や効果・効能のことです。食べ物であれば、どれだけ味や香りが良いかということ。スマホであれば、どれだけカメラの画質がよいか、バッテリーが持つのかというスペックの部分になります。
製品パフォーマンスはローテクなものほど違いを作りづらくなり、消費者はあまり気にしなくなります。例えば、水や化粧品など、どの商品を買っても効果はそれほど大きくは変わらないような商品です。
価格
価格は、プレファレンスの中の重要な役割です。なるべく安い商品の方がプレファレンスは高まります。しかし、安すぎると事業を継続することができなくなります。お得感を感じさせながら利益も出せる値決めをできるかは、マーケターの腕の見せ所です。価格は安い方がいいが、長期的に顧客と関係性を築けるように、再投資に回せるだけ乗せる必要があります。
安ければいいというものでもありません。安すぎることは信頼を失います。Amazonで安すぎる電化製品を見かけたら、すぐ壊れてしまうのかもしれない、安いなりの理由があるのかもしれない、と不信に思うのではないでしょうか?
また、値引きはなるべくしない方が良いと言われています。値引きをすると一時的には売れますが、消費者はすぐに値引き後の金額に慣れてしまい、結果的に自分の首を締めることになります。
ブランド資産
ブランド資産とは、ブランドから連想されるイメージや、商品の品質レベルのイメージ、知財や特許などの無形資産のことです。
ブランドから連想されるイメージですが、例えば馬のエンブレムの赤いスポーツカーといえばなんでしょうか?
所有している人が、お金持ちやステータスの高い人をイメージさせるクレジットカードのブランドはどこでしょうか?
りんごのマークの電子機器メーカーはなんでしょうか?
フェラーリやアメックスやアップルのブランドが頭に浮かんだのではないでしょうか?
消費者が「〇〇と言えば」と質問されたら、頭にブランドを思い浮かべることを「ブランド想起」といいます。この時、一番はじめに思い浮かべるものを「第一想起」、2番目に思うかべるものを「第二想起」…といいます。マーケターは、第一想起を取るために努力をします。
商品の品質レベルのイメージとは、実際の商品の品質のことではありません。例えば、スターバックスとマクドナルドのコーヒーは、どちらの方が美味しそうでしょうか?実は味の品質はマクドナルドの方が高いと言われていますが、スターバックスの方が美味しそうなイメージがあるのではないでしょうか?
プレファレンスはこのように、製品パフォーマンスと価格とブランド資産の組み合わせによって決まるものです。
そして、売上を決める公式の中で唯一無限に高めることができる、重要な要素になります。
認知率
認知率は、市場にいる人々のうちどれくらいの割合が、自社ブランドを知っているか?ということです。当然ですがブランドを知らない人は、自社ブランドを買うことはできません。より認知率が高い方がより多く売ることができます。
この認知率を高めるための手段が広告になります。
配荷率
配荷率は、人々が自社ブランドを知っており、プレファレンスも高い状態で、そのうちの何人に商品を届けることができるか、という割合です。たとえば、新商品のビールが欲しくてコンビニに訪れても、その商品が入荷していなければ買うことができません。
配荷率は、量と質の二つを改善できます。量の改善は、より多くのチェーン店に自社ブランドを並べてもらうこと。質の改善は、並べられている自社ブランド商品の売れ筋商品を分析して、よりよく売れる商品を並べることです。
これらの内容は、USJでのマーケティングの経験を本にした「確率思考の戦略論」に詳細が載っていますので、ぜひ読んでみてください。
「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」も読み物としておもしろいのでおすすめします。
戦略mgにおけるマーケティング
戦略マネジメントゲームにおいて、マーケティングの戦略はどのようなセオリーに基づいて行えばいいのでしょうか?「確率思考の戦略論」からインスパイアされて、ゲーム中でも数学的に戦略を評価する方法がないか模索してみました。
考えてみると、戦略マネジメントゲームはとてもよくできているゲームでして、マーケティングの変数も再現されていました。
戦略マネジメントゲームにマーケティングの公式を当てはめてみる
ブランド力を高め価格競争力をつける青色の研究開発チップは、プレファレンスに相当し、販売能力を高める赤い広告チップは、認知に相当する機能です。在庫の数がどれだけ販売能力を満たしているかの割合が配荷率になります。
戦略を立てるにあたり、まずどの市場で戦うかを決めます。市場は6種類、高く売ることができるが販売数は少ないエリアと、安いがたくさん売ることができるエリアがあります。
その市場のマーケットキャップの何割を抑えるか(マーケットシェア)目標を立てます。100%売りたいのであれば、市場のマックスと同じだけの販売能力を持つ必要があります。少しずつ売っていきたいなら、マーケットの50%は抑えるくらいの販売能力にするなど検討します。
例えば、札幌と仙台の市場で戦うと決めます。札幌では最大3つ、仙台では4つ売れるので、合計7つのマーケットサイズになります。このマーケットで100%売りたいのであれば、7の販売能力が必要になります。
次に配荷率を100%にするための生産能力を決めます。販売のタイミングで常にマーケットを埋められるだけの在庫があることが理想です。つまり、札幌と仙台をターゲットとするなら常に7以上の在庫があることです。
プレファレンスの決め方は、基本的には常に他社より一つ以上多いことです。まったく同じ販売能力と配荷率の企業で競争した場合、研究開発チップが多い方が勝ちます。ただし、販売能力で差をつけてプレファレンスには投資をしないという選択もあり得ます。
つまり、プレファレンス × 認知率 × 配荷率の合計ポイントが多ければ勝てるということです。
企業競争力の計算の方法
売れる必然をつくる3要素は、プレファレンス、認知率、配荷率の3つでした。 ここでは、売上は企業競争力と同義とみなして話を進めていきます。
プレファレンス率の出し方
プレファレンスの値は、子のプレイヤーは1、親は3、研究開発チップ1枚所有するごとに+2とします。
得られた数値がマーケットに参加するプレイヤーのうち自社が占めるプレファレンスになります。
この数値感覚については、私が妥当だろうと思う値を考えています。よりふさわしいプレファレンスの算出方法があれば教えてください。
ここでは、大量生産による価格の優位性や、薄利多売は考慮していません。競合各社の平均単価を計算するのは現実的ではないので、簡易的な計算になります。しかし、基本的には市場の価格感で調整しながら、1や2の違いで売るところに落ち着くので、誤差と考えています。
もし認知率と配荷率が100%であれば、プレファレンス率がそのままマーケットシェアになります。
認知率
自社の販売能力を市場規模全体で割ったものが認知率になります。戦略マネジメントゲームでは、市場規模の基本は55です。プレイ中の局面で分析する場合は、親の販売能力を超えて販売することはできないので、親の販売能力が母数になります。
自社の販売能力は、セールスの数 × 2 + 広告チップの数 × 2です。
この値は100%を超えた場合、100%以上は切り捨てます。超えた場合には過剰投資ということになります。
配荷率
自社の在庫数を販売能力で割ったものです。ここを安定的に100%にするには、工場への投資と安定的な材料の調達が重要になります。
この値が100%を超えた場合、100%以上は切り捨てます。
企業競争力の算出
算出したプレファレンス率、認知率、配荷率を掛け合わせることによって、企業の総合的な競争力が算出されます。
競争力の比較
それぞれの企業の競争力を算出することによって、比較を行います。以下はA~C社が競っている、とある局面1の盤上です。A社が親の局面です。
A社の販売能力が市場規模になっていること、認知率と配荷率は1.00を超えることがないことに注意してください。
もっとも競争力が高いのは、どの企業でしょうか?
以下に、パワーバランスの分析を行いました。結果はA社が64%ともっとも強い状態です。認知率と配荷率が100%であれば、プレファレンスの研究開発チップによってパワーが決まります。この状態でA社が販売すれば、確実に売れる局面です。
時間差攻撃
1ターンごとにパワーバランスは変わります。
以下は局面が進み、A社とB社は在庫の大半を売り終わった状態(局面2)です。C社が親で在庫を抱えています。
この局面でパワーバランスを分析してみると以下のようになります。
A社とB社にはほとんど在庫がないために配荷率が低く、C社が一人勝ちできる局面です。
このように、自社のパワーバランスが相対的に高まったタイミングで仕掛けるのが良いということになります。
パワーバランスを考えながら戦略的投資をする
プレファレンス率、認知率、配荷率を、いかに他社より効率よく高めていくかを決めるのが戦略的投資です。
常に他社の状況を観察しながら、広告の数を足したり、生産量を増やしたり、研究開発投資を行うことです。
ケーススタディ
以下は初心者にありがちなパターンです。A社がほとんど戦略投資を行なっておらず、親で売りを仕掛けるもまったく売れず、営業所に商品がたまってしまっています。
この状態から売れるようにするにはどうすればよいでしょうか?
A社は2ターンをつかって、研究開発投資を行いました。また、ワーカーをセールスに配置転換し、販売能力を4から6に増やしました。
これで、親のターンで販売することで、B社のプレファレンスを超えることができたため、売れる確率が高まりました。
しかし、実際のゲームではB社はA社が2つの研究開発を成功させる前に、追加していくことが想定されます。ですから、2つ以上の差が生まれる前にその差を埋めていくことを考える必要があります。
以上の計算は、実戦で行うのには複雑すぎて向いていません。しかし、一度理解してしまえば計算をして厳密に判断せずとも、おおよそ他社と自社の研究開発チップ、広告チップ、在庫数、市場の販売可能数に着目して観察することで、販売の適切なタイミングとパワーバランスはざっくりと掴めるようになるはずです。