公務員から世界で戦える山小屋スタッフへ。天沼峻さんが、悩み考え続けたからこそ見つけた好奇心の正体
いつも、どこかで冷静な自分がいる。頭のなかでは思考がグルグルと渦を巻き、SNSで見かける「悩まず好きなことに突き進める人」を羨ましく思う。
それでも思考を止めることはできない。僕はきっと、考えること自体が好きなんだ。
僕と同じように、時間をかけて自分の思考と向き合いながらも、自分の好きなことに向かって独自の道を突き進む友人がいる。
5年以上務めた公務員を退職し、山小屋スタッフや地方での季節労働(繁忙期を有する農業や土木・観光業などに対して、特定の繁忙期間のみアルバイトとして労働に従事すること)を渡り歩き、この夏からは正社員としての山小屋勤務を控える天沼峻さん。彼と僕は、お互い自分の人生に迷い、同じ人の元でコーチングを受けた間柄だ。
山小屋に出発する二週間前。彼にお話を伺ってきた。
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好奇心に、嘘をつけなかった
2019年夏、彼は5年3ヶ月務めた公務員を退職した。安定や世間体ではなく、国のために働き成長したいという強い意志を持って働き始めた彼にとって、実情は厳しかった。
「違和感を感じることは多かったですね。自分が思い描いていた公務員としての職場と、実際の職場のギャップを味わって、壁にぶち当たった感はありました。純粋無垢な一人の青年だったので(笑)
これがほんとに自分のやりたい仕事かって考えたときに、答えはノーでした」
転職を考えてネットで検索しているときに、コーチングと出会った。高額な費用を、クレジットカードで二年以上の分割払い。それでも前に進みたかった。
コーチングを学び、起業しているコーチと接することで、自然と彼もコーチとして起業することを意識するようになる。
「公務員を辞めたのは、コーチングをやっていこうと思ったから。でもいざ退職してみると、コーチングという人と対面して向き合っていくことが、自分にはまだ早い気がして。もっと人生の経験を積んでからでも遅くないんじゃないかと思いました。
まだまだアルバイトレベルでもやりたいことがたくさんあるし、コーチングをするっていうのは自分の心に嘘をついているような気がして」
自分と向き合うことが好きな元からの性格に、コーチングという手法を学んだことで、彼はどんどん自分を理解し解放していくようになる。
公務員を退職後、一カ月間インドとネパールを旅する。その後は父が経営する会社での勤務、鎌倉で人力車を曳く俥夫としての活動、山小屋でのアルバイトスタッフ、愛媛でのみかん刈り、宮古島でのさとうきび刈り、小笠原諸島での土木作業、などなど、好奇心が趣くままに地方を転々とする。
そしてこの6月から、山小屋(双六岳にある双六小屋)にて正社員で働くことが決まった。
「山小屋での正社員を決断するのは、不安もありました。10月までの5カ月間、山に籠るわけで。ゆかたの女の子見れないんですよ!?
でも、たくさんの不安に、好奇心が勝った。きっと人として成長できる。それ以外の判断材料は、頭で考えた後付けでしかない気がします」」
好奇心を邪魔する、理性との付き合い方
自分を成長させるもの。仕事のやりがい。自然や旅。山。
いつだって彼を突き動かすのは、好奇心だ。
「はじめての季節労働が、愛媛のみかん農家で。そこでいっしょに働いた人たちが、さとうきび刈りはほんとに辛いから経験してみたほうがいい、って言っていて。それで宮古島のさとうきび刈りに行きました。
人が辛い思いや大変な仕事をしてるって聞くと、それをしていない自分が弱いというか、くやしい気持ちになって。じゃあやってやるよ!みたいな(笑)」
公務員を辞めて好奇心に従いだすと、自分が好奇心を抱く対象がだんだんとはっきりしてきた。
ただ、年齢を重ねるにつれて、好奇心に従おうとする自分を止める理性の存在も大きくなっていく。
「理性って後付けですよね。子供のころの無邪気な部分、それが大人になっても変わらず残っているのが好奇心だと思う。
だから理性によって動けないときは、理性をとことん深掘りしてます。足踏みしてる自分には、必ず原因があるんですよね。
その原因が分かれば、あとは好奇心と理性のバランスですよね。どこで自分に折り合いをつけるか。まあもし進みたい方向があるのに進めないときは、「そんなことで悩むぐらいならおれ公務員辞めてねえよな」って言い聞かせてますね」
好奇心や理性という感覚的な部分を、きちんと言葉にして天秤にかける。
それはものすごく時間がかかるし、面倒な作業だ。
「現状煮え切らないけれど、その現状を変えられない時期はあります。モヤモヤしますよね。でもその現状に留まることしかできない時は、現状を超えるものに出会えていないんだなって。そういうときにできることは”我慢”かなと思います。
自分にとっての不遇な環境って、捉え方によってはチャンスになりますよね。強い好奇心と出会うまで、自分と向き合い成長させていく感じですね」
地方の季節労働では、職場環境や人間関係でもたくさんの苦労を味わった。逃げ出したくても、島から帰る交通費も無い。今となっては笑いながらできる話だが、当時は辛く、だからこそ自分の気持ちと向き合った。
「将来は海外に行きたい気持ちもあります。
宮古島も小笠原も、日本ですからね。日本語が通じるこの島での生活を乗り越えられなかったら、海外ではもっと辛い気持ちになる。これは海外に行く前の修行だなって思いました」
好きなことと嫌いなことは、善悪ではない
好奇心に従い動き始めると、だんだん自分にとっての”好き”がはっきりとしてくる。そしてそれと同時に、無意識に遠ざけていた”嫌い”の存在にも気づくようになる。
「公務員時代の印象から、国や政治に対しての反発があることに気づいて。でも、知識がなく、政治についてきちんと議論もできない状態で、国や政府がしていることに反発してる自分ってただ逃げてるだけなんじゃないかなって。
だから最近は、これまで反発してきた分野の勉強を始めました」
一日一冊程度の本を読みSNSでアウトプットする。
嫌いなものとの距離が近づいてくると、その嫌いなものも自分を作る大切な要素であることに気づく。
「下ネタとかも苦手ですね。性別とか、セックスの話。
ただ、その嫌いなものの中に僕は含まれているんですよね。緊急事態宣言とかにしても、政府の決めごとに従わないといけないし。男女の交際がなければ僕は生まれていないわけだし。
反発してるのは、自分の頭の中の話であって、嫌いなこともきちんと受け入れていかないと次のステップには進めないのかなって思います」
ありのままに、好奇心を大切に生きる。そして、成長していく。
「好きなことは良い、嫌いなことは悪い、っていう価値観が自分の中にあって。
でも、好きも嫌いもその両方を自分の中に受け入れられる状態が、自分のありのままの姿の入り口なんじゃないかと思うんです。
それに、反発してる嫌いなものも、きちんと接すると勉強になることがたくさんあって!夜のお店とか敬遠してたんですけど、キャバクラ行ったらキャバ嬢ってすごいですよ!めっちゃ尊敬します」
世界で戦える山小屋の男に
好奇心に従い各地を転々としてきた彼にも、次第に迷いが生じるようになる。
「やりたいことをやる、ってもしかしたら自分のわがままなんじゃないか、現実逃避なんじゃなかって悩むこともありました。もちろん辛いこともあったし、それを乗り越えるために我慢することもあった。でも”アルバイト”という立場に甘えている自分に対して、このままでいいのかなって。
そんなときに、お世話になった山小屋の方から正社員のお誘いがありました」
公務員時代から、山の存在はいつも彼の心の支えだった。
そしていつしか山の存在は、”好きな場所”から”責任を負って成長したい場所”に変わっていた。
迷いと向き合い、自分の声を聴く。そうすることでいつも彼は、新しい好奇心の存在に気づく。そして、自分の行動を引き留める理性を深掘りして、乗り越えて行く。
「今年の10月に山から下りたら、次のシーズンまでまた半年間ほど空くんです。その時期は長野県に移住しようと考えていて。
雪山でスキーに没頭したり、自分の興味が湧く仕事を少しやってみたり。夏は仕事に捧げるので、冬の遊びに特化した人間になりますよ!
ゆくゆくは長野で空き家を買って、自分でいじって、基地みたいなものを作ろうかなと。僕寂しがり屋なんで、東京とかからもみんな遊びに来てくれたら嬉しいですね(笑)」
描く未来に向かう途中で、彼はまたたくさんの悩みと向き合うことになるんだろう。
でも彼は、そこから逃げない。それが成長するために大切なものだと分かっている。我慢の時期も、前に進む時期も。それらを繰り返し、きっとこれからもたくさんの好奇心に出会っていくんだろう。
「世界にも出ていくと思います。旅をしたり、登山やハイキングコースを回ったり。
世界とやりあっていける山小屋の人になろうと思います。山小屋で働いてるけど、世界回ったり、国政とかにも詳しい人って、めっちゃ面白くないですか!?うん、面白い人間になりたいですね!」
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自分との向き合い方についてはじっくりと言葉を選びながら、過去と未来の話については笑顔を覗かせながら、天沼さんはその想いを聞かせてくれた。
彼はたくさんの悩みについて考える。そして、考え抜く。
きっと悩みの向こうには、まだ触れていない好奇心(あるいは、遠ざけている嫌いなもの)があると知っているから。
悩んだっていい。考えたっていい。
それは、自分の中にあるたくさんの気持ちがぶつかり合っている証拠だ。どの気持ちも無視しない。尊重する。そしてひとつひとつ紐解いていく。
そうすることで僕らは成長して、次の行動に足を踏み出すことができる。
彼の話を聞いた僕のように、
この文章が、夏を山に捧げる天沼さんと、考え過ぎてしまう読者の心を、ほんの少しでも軽くしてくれたら嬉しい。
【取材・執筆:シブタニナオキ】
【写真:天沼さんからの提供】
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