「よくやっている」と思うために
数十分、早めに起きる。
豆乳を飲み、お湯を沸かして珈琲を淹れる。「薄毛に無調整豆乳が効く!」という兄からの突拍子もない情報。信じちゃいないけど、まあとりあえず何でもやってみるのが一番。
Google documentを開き、珈琲を飲みながら昨日あった出来事を数行の日記として残しておく。
作り置きのおかずを詰めてお弁当をつくり、納豆で朝食を食べる。
「あぁ、おれよくやってるなぁ」
そう思う。
こんなのどれもやらずに、ギリギリまで寝ていたって生きていけるのに。
でも、自分がきちんと自分として立つために、些細な行為を積み重ねている。
別にその積み重ねが何かを生むわけじゃない。ただ、生きていると揺らぎそうになる自分を、なんとか支えるため。
職場できちんと仕事をこなして(もちろんぼーっとSNSを眺めたり、ZOZOTOWNで服を探す時間もあるから「きちんと」は言い過ぎかもしれない)、帰ってきたら夕食を食べる。
1品でも、火を使った料理を食べるようにしている。時間がなければ作り置きのおかずでも、具無しパスタでも、なんでもいい。
だいたいは作り置きの1品に、買ってきた惣菜を付け足すぐらい。別にその1品に大した意味はない。ただ、自分で何かを作っている感覚が欲しい。
自分を、支えるため。
事実がどうかよりも、感覚が欲しい。「よくやってる」と思えるように。
『憧れ』をきちんと自分の感覚に落とし込む。
生まれてから今までずっと『憧れ』の中を生きてきたと思う。
自分が本当にやりたいこと。お金よりも大切なこと。丁寧な暮らし。理想の自分。うんたらかんたら…
もちろんそれはすごく大事なことだけど、自分の心身の状態や周りの環境ですぐに形を変えてしまう『憧れ』に振り回されるのは、もう疲れた。
自分の『現実』を生きたい。
きちんと地に足をつけて、揺らいでも元に戻って来る自分でいたい。
平凡な日常を「平和やなぁ」と笑って享受できる自分でいたい。
帰り道に立ち寄るドラッグストアで手に取ろうとしたマウントレーニア。でもやっぱり、まだ家に珈琲豆が残っているからやめておこうと思う。
代わりにAmazonのブラックフライデーで、高価な手挽きミルを買った。
「よくやる」には、案外お金がかかる。