しあわっせはー、パイナップール/パイナップル捜索隊 『彼方』第16号(2024冬号)より

累次万里男の世界。

 俺の名前は累次万里男(るいじまりお)。
 性別を知りたい?? 実は……男だ。驚いたか? ここまで読んだら分かるとは思うが俺は面白くてモテるのさ。
 ま、当然のことか。
 だが信じられないのは以前顔面偏差値診断でブス度53%と下されたのだ。び、微妙にブサイクなのか俺は……? なにかの間違いだと思う。ただ、大事なのは中身なn……ッ
「累次くん」
 仔猫ちゃん? 口に出してしまいそうなのを必死に、酸っぱいものを食べてしまった時のような顔をしながら引っ込めた。前ヨウツベで見た「キュン……っ」てする仕草を実践しよう。
①まず顔の向きをそっちに向ける※目線は向けない
②ゆっくり目線を相手の目へと合わせる
③ほほえむ
「フッ……」
 なぜだか少し離れたところに居た女子たちがヒソヒソしだした。心なしか顔が僅かに青いような気がする。興奮すんなってぇ〜w
「ほにゅーびんって、飲みづらいのよ。」
 は?
 え……ポカンとしている俺にはお構いなしにスカートを揺らしながら何処かへと行ってしまった。
 仔猫ちゃんは俺の手には負えないオンナのコなのだ。だが! きっと俺のことが大好きなのだ。いっつも話しかけに来る。なんなら一日で喋るのは仔猫ちゃんだけかもしれない。女子たちは俺がイケメンすぎて、緊張で話しかけられないのだろう。多分男子たちも。
 仔猫ちゃんはいつでも意味が分からないことを教えてくれるんだ。
 前だって、すれ違いざまに急に肩ポンしてきて、不覚にもドキッとしてる俺に。口を開いたかと思ったら、「ウルトラソウルの掛け声はヘイ!じゃなくてハイ!なのよ。」だぞ?
 心臓の無駄遣いだろ。
 今日のは仕返しなのだ。ドキッとしてくれたかな……。
 き、気になってなんかいない。ただ、気になるのだ。

 ある日、仔猫ちゃんと並んで歩いてる時、仔猫ちゃんは沈黙をやぶって言った。
「幸せってなにかしら。」
 呟くように言った言葉だったが、明らかに「?」が含まれていたように感じたのだ。
 俺は今まで仔猫ちゃんに教わった全てをフル回転させて考えた。
(ZARDのいずみさんの本名はさちこ……、実は地球人というバンドのベースは好きな人が……、バナナの皮で靴を磨くと……、10号ケーキを一気にたべたい……?)
 ち、ちがぁぁう!!
 えー……あ!
(思い出した。世界で一番多い……!)
「ムハンマド。」
 沈黙が俺たちの世界を包む。
 風の音が強くなったように感じる。
 つらい。
「ねぇ知ってる?」
「……なに?」
 彼女の唇は、いつでも綺麗だ。口の動きまでも美しい。特に、うの口から、あの口になる動きが……、てかきもいぜ俺。
「パイナップルの花言葉は、完璧、完全無欠そして満足なのよ。」
 ふぅん。急に、どうしたんだ。そんな真面目な顔で。初めて見た彼女の真顔に、怯んでしまう。俺を不安にさせるなよ。
 彼女は語り続ける。俺は耳を傾け続ける。
「見た目からは想像もつかないわよね。でも、パイナップルがたくさんの実を集めて実をつける様子に由来してるらしいわ。私が完璧になれるのはいつなのかしら。自分の理想に届くのはいつになるだろう。」
 早口に地面をみつめながら言う彼女に照り続ける容赦ない太陽が俺を見つめてるようだ。
 ゆっくりと、でもしっかりと口を開く。
「あのさ。最近はりんご飴だけじゃなくていちご飴もスタンダードだよな。でも俺、ひねくれもんだからパイナップル飴を探してるんだ。」
 えっと、だから。こちらだけをじっと見つめる仔猫ちゃんに言葉が詰まる。彼女の顔右半分に影が差す。
 でも、
「幸せって、これ以上の事を求めない考えすらもしない事だと思うんだ。つまり、パイナップルなんだよ。」
 太陽に雲が襲いかかる。
「パイナップルは実を集めて、完璧、満足を手にするんだろ。それってほら、これ以上求めないって事だよな。」
 わかったか? なぁ。仔猫ちゃん。
「パイナップルは幸せ……?」
「ちがうわっ」
 あっ。
「「アハハっ」」
 突っ込んじまった。
 目に涙をも浮かべる仔猫ちゃんが、きれいだ。
「だから。ちょっとずつ、実を集めようぜ。」
 幸せはパイナップルだ。仔猫ちゃんにも届いただろうか。
 俺の目は光で満たされていた。心は晴れているみたいだ。

 ポツリ。ポツリと雨が降り始めたみたいだ。
 さーっと広がっていく灰色の世界で彼女は言った。
「幸せの実が実になるってなによ。最初から実なの? あんたは天気にも勝てるからいいわよね。天気も無かったことにできる。NO天気。ばか。」

仔猫の世界。

 私の名前は仔猫。猫じゃないよ。人間だから。
 私の生きている世界は愛で溢れている。好きな人が沢山いて、好きなものが沢山あって、絶対に変わらないものがある。分からないこともある。知らないこともある。でもなんとなく、楽しくない。ただ、幸せだけがわからない。

 大体月一で大好きな人と話す。
 その人はすぐ「うーん」って言う人で、分かりやすい。なんか共感した方がいいとは分かっているが、なんか違うなと思ったときにそう呟く。
 でもなんかそれが心地良い。ちゃんと言えよ!とは思うけどさ、やっぱり素を見せてくれているんだなぁって思っちゃう。嘘は、つかない。そんな関係が大好きなの。辛いこととか許せない事があったらその人に話す。楽しくて面白くて、眠る頃には絶対に笑顔になれるから。
 やっぱいいやとかなんでもないとかあまり自分のこと話してくれないけど話してくれると嬉しいし、なんていうか、
 好きなんだ。
 いつでもあなたの事考えてるわけじゃないし、会いたいとか話したいとか思わないけど、辛い時に思い出すのは。
 こんな気持ち初めてなんだ。
「私の世界にあなたがいれば、最高でしょ?」
 一度彼に言ってみる。小悪魔の笑みセットよ。
 きっとあなたはこう言う。
「うーん」

私が疲れた日
大好きな子に抱きついて
また明日って言って
好きな曲歌いながら
歩道橋でグダって
シェイク買って
いつもMだけどたまにL買って
西日を左手に受けながら
大好きな道ダラダラ2往復して
帰る
んで寝る。

 特になーんにも考えず、ただ足を前に、たまに左右に進めて。ふらふらしてる、なんて言わないでよね。
 色々な発見だってあるし。
 鳥が木を踏み外して、「ぼたっ」て音をたてて落ちたり。なんか地面に謎のスコップが埋まってたり(それも掘る方が上)、トイレットペーパーでぐるぐる巻きの木があったり!
 もう本当に、大好き!
 それに、直進するだけの人生なんて、つまんないでしょ?
 自転車で隣町まで行ってもいいじゃない。
 国道を歩いたっていいじゃない。
 登るのがキツくなくて、それでいて綺麗な山を探しててもいいじゃない。
 そんな私だけの未知の道。

 完璧すぎる!って思っていて誇りだった。万里男にあんな事言われるまでは。

 私はパイナップルが大好き。甘いようで酸っぱくて、それでいてみずみずしくて。私の帰り道みたい!って。

 わかっていた。私の帰り道はパイナップルって。でもこれが、しあわせ?
 こんな四文字で片付けられてたまるものか。ここには私の努力、涙、嫉妬、喜び、興奮、満足、全てが詰まっているというのに。これら全てが一つになって、幸せになって、それで何が残る?

 私の最高の帰り道は、彼によって消え去った。

 累次万里男。お前なんてゲームに出てくるだけで十分だ、って女子に言われちゃうような男子。私は彼で遊ぶのが好きだ。おかしいくらい自意識過剰で、でも分からないことがある時はこれ以上ないくらい困った顔をするの。
 でも彼、きっと面白い男よ? みんなにそう言ってみた。多分笑い話にされて終わったんじゃないかな。よく分からない。ただ、能天気な男よ。面白いくらいに。

 大好きな人にこの話をしてみたの。その人ったら、なんて言ったと思う?
「お前は、どうおもうの」だって。

 はぁ。

 それで少し考えてみたの。幸せについて。何も残らなくて良いのかもしれない。
 ううん。それよりもそんな事すら考えなくて良いのかもしれない。
 元々、私の帰り道はほぼ記憶に残らない。ただ満たされた、っていう事実が残るだけ。
 深く考えすぎなのだ。
 幸せ、なんて考える必要も価値も、ない。
 どうして?
 だって、在りはしないんだから。見えないし手にも取れないし、もう一度、なんて出来ない。だけど、カッターで丸く切り取ってしまった紙の残りみたいな、残る何かがある。
 それを見て、切り取られた紙に描かれていたものはなんだったんだろう。なんて考えても、仕方がないでしょう?

 だからね。
 「パイナップルみたい」って言えばいいのよ。見た目なんて全然違うんだろうけど。能天気でいればいいのよ。
 NO天気、って呟いて、自分で笑っちゃえばいいのよ。


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