【禍話リライト】『全部使用中』
非日常。
例えば夜中の駅や商店街といった、普段は賑やかな場所が時によって静かになるときに立ち会うとき、怖さが混じりながらも少しワクワクしないだろうか。
いつもと違う喧騒に浮足立つのはなにも人間だけに限らない――。
禍話の語り手であるかぁなっき氏が、ある教師――S先生としよう――から聴いたというお話。
●●●
平成の中期ごろ。春。
K県にある高校に赴任したS先生だが、なぜか普段から校内放送で耳障りにならない程度の音楽
(S先生によると、クラシックのなにか、だという)
が流されていた。
気になったS先生が教頭に尋ねるも、
「あぁ……、そのうちわかると思うから……」
赴任したばかりの自分にも親切な教頭が口を濁したため、S先生は気になりながらも教師生活を続けていた。
「後になって思えば」
S先生は度々不思議な体験を校内でしていたという。
ある時は。
夏休み中の登校日、教室にクーラーなどない時代のため、窓を開けていた。
放課後になり見回りをしつつ窓が開けっぱなしになっていたりしないか確認する。
開けっ放しになっていた窓を閉めにあるクラスに入って、窓を閉め、教室を出ようとし、何の気なしに出入口あたりで振り返ると、先ほど自分が確かに閉めた窓が開いている。
その時は『記憶違いでもしたのだろうか』と。
またある時は。
秋ごろの文化祭準備期間。
いつもより生徒たちが長く学校に残り、各々のクラスや部活の準備をしていた日だという。
陽も暮れてきたころ、生徒たちを帰らせ、学校にはS先生のほか、何人かの教師が残っているだけだったという。
賑やかな文化祭準備の風景から一転し暗くなった教室や廊下には、スピーカーから静かな音楽が流れ、喧騒の反動からかいつもより耳についた。
自然と澄ませるかたちになったS先生の耳に、突如としてバタバタバタッ! と、誰かが階段を駆け下りるような音が入ってきた。
『まだ残っている生徒がいたのか』
と考え、音がした階段の方へ進み、確認するも、誰もいない。
念の為階段を降りて昇降口まで向かうも、やはり、直前まで誰かがいたような形跡はなかった。紙パックジュースの自販機の明かりだけが下駄箱を照らしていた。
首をかしげるS先生だが、まだ見回りが済んでいない教室もあったし、何より自分の退勤も遅くなってしまう。
誰もいなかったのだからよしとした。
ここまではS先生が体験した、自分には何の影響もなかった話。
年の瀬も目前の冬休みのある日だったという。
その日は冬休みだが、二年生の生徒たちに向け、校内で実力テストが開催されていた。
担任のクラスを受け持っていなかったS先生も、試験監督としてあるクラスの監視を任されていた。
普段なじみのない、名前もはっきりとわからない生徒たちが真剣な様子でテストを受ける様子を、教壇の近くに置かれた石油ストーブの熱を感じながら、(あの生徒はすらすら解いているな。あっちの生徒はもう解き終わったのか)などと考えつつ、ぼんやりと眺めていた。
昼休み前、午前中最後のテストの時。
残り時間も半分ほどになったとき、教室後ろの出入り口近くに座る女子生徒が静かに手を挙げた。
消しゴムか鉛筆でも落としたのだろうか、と、手を挙げた生徒に近づく。
「どうした?」
ほかの生徒の妨げにならないように小声でS先生が尋ねる。名前はわからないが髪の長い子だな、と見たままの感想を抱いた。
「すみません……冷えちゃったみたいで、トイレに行ってもいいですか?」
なるほど確かに。出入り口付近で隙間風も入ってくるし、ストーブ一台ではここまで温まらないだろう。実力テストということで、ひざ掛けの使用も禁止されていた。
見た目では真面目そうな生徒だし、見張りの先生がいるので、廊下のロッカーで教科書を確認することもできないだろう。
何も問題はないと判断し、S先生はその女子生徒に許可を出した。
そそくさと立ち上がり教室を出ていく女子生徒。トイレへと続く廊下の曲がり角まで、教室から顔を出して見送る。
と、S先生が教室に戻る前に女子生徒がこちらへと戻ってきた。
(ずいぶん早いな)
気になったS先生が廊下へと出て女子生徒に「どうした?」と聞くと、
「先生、トイレが全部使用中なんです……」
はぁ? S先生は何を言われたかよくわからなかった。
――トイレが全部使用中? テスト中だぞ。
もしかしてほかのクラスからもタイミング悪く生徒たちがトイレに行ったのか? と、S先生は廊下で寒さに縮こまる教師へと確認する。
トイレに行くには、廊下にいる見張りの教師の前を通らなければならない。ほかにもトイレに行った生徒がいたら見ていることだろう。
「T先生、あの生徒が、なんか女子トイレが全部使用中だ、って言うんですが、ほかにトイレにいった生徒、いました?」
「いえ、いませんでしたよ」
――それもそうだろう。ほかの教室のドアが開いた音もしなかったしな。
自分も見張りのT先生も男性で、ご時世柄一緒に中に入って確認、というのも行いづらい。
S先生は女子生徒へ向き直ると、
「きっと建付けか何かでドアが閉まっていただけだろうから、行ってきなさい」
そう告げ、女子生徒も「そうですかね……?」とまた廊下を曲がっていった。
が、またすぐに戻ってくる。
「先生、やっぱり全部使用中なんですよ。ノックしても返ってくるし、いっしょについてきてください」
震え交じりの声で女子生徒にそう言われ、さすがに確認しないわけにはいかない。S先生は女子生徒と一緒にトイレへと向かう。
見張りのT先生の前を通り過ぎたあたりで、「あれ?」と、T先生の声が背後から聞こえた。
何かあったのだろうか、S先生はそう思ったが、振り返らずに歩みを進める。
女子トイレの前についたS先生は、入口で「入るぞー」と念の為声を出してから扉を開ける。
向かって正面、左右に並んだ女子トイレは使われておらず、ドアはすべて内側へと開かれていた。
――なんだ。
「全部開いているじゃないか」
そう口にするS先生だが、最中、見張りのT先生が『あれ?』と声を出した理由に、気が付いた。
――いま後ろにいる生徒は誰だ?
教室で手を挙げた女子生徒、髪が長かった。だが、二回目、すぐにトイレの方向から戻ってきた女子生徒はショートカットだった。
だから、見張りのT先生も違和感に気が付き『あれ?』と言ったのだろう。と。
S先生の後ろに立つ、髪の短い女子生徒は、なにも口に出さない。言わない。
自分が『全部使用中だった』と言ったトイレが真逆の状況なのだ。それなりの反応があってしかるべきだろう。
見知らぬ生徒に背後に立たれ、S先生は恐怖心から振り向けずにいた。
――どうすればいいんだ!
内心で焦り、叫びだしたいがこらえ、考えていると、
トン
と、S先生の背中に何かが当たる感触。
セーター越しにも伝わってくる異常な冷たさが背中から、背筋に、背骨に響く。
横を向けば手洗い場の鏡で見ることができるだろう。だが、そうしなくても、何をされたかわかった。
――おでこを当てられている!?
そのあたりで、S先生の意識は途切れてしまった。
はっ、と気が付いたS先生は、保健室のベッドの上で気が付いた。
寝ているS先生の横には、教頭が立っていた。見張りのT先生が様子を見に来てくれ、保健室まで運んできてくれたのだという。
サイドテーブルには、S先生のネクタイが置かれていた。外してくれたのだろう。
教頭に起こったことを話し、あれはなんなんですか? いわくがあるんですか? と矢継ぎ早に尋ねるが、
「いいからいいから。今日はもう帰りなさい」
としか言われない。
不服だったが、それ以上なにも言わない教頭に別れを告げ、ネクタイを手に取ったS先生だが、そのネクタイが妙に湿っている。
すこしべたつきもあり、何のに気なしに嗅いでみると、唾液が乾いたような臭いがした。
シャツの襟を触ってみるとそこも湿っている。
「一体意識が飛んだあと、なにがあったんでしょうね……」
●●●
そうしてこの話をかぁなっき氏にしたS先生はこう締めくくった。
「半日以上、早く帰ったのに、給料に影響がなかったから、いい学校だったと思います」
それでいいんかい。
果して、最初に手を挙げた生徒も、髪の短い、呼びに来た生徒も、本当にいたのだろうか。
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この記事は、ツイキャス「禍話」さんの怖い話をリライトさせていただいたものです。
公式ツイッター
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から書き起こした二次創作となります。
該当回『シン・禍話 第四十六夜(後半30分はお便りコーナー)』
ツイキャス版
https://ja.twitcasting.tv/magabanasi/movie/720723626
28:12あたりから。
●タイトルはドントさん( https://twitter.com/dontbetrue )のツイートから拝借しました。いつもありがとうございます。
https://twitter.com/dontbetrue/status/1492526847048908802?s=20&t=dXNqoZZtOSpouWlwGpIvFQ
●あるまさん( https://twitter.com/aruma1220 )による禍話まとめwiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/
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