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【禍話リライト】『公衆スリッパ』

人と人との距離感。
それぞれのパーソナルスペースがあり、合わない人とはとことん合わないものである。

かの文豪が『智に働けば角が立つ情に棹させば流される』と記したように、人付き合いとは難しいからこそ、その時々のバランスが大切なのだ。

この話は怪談ツイキャス『禍話』の語り手、かぁなっき氏が収集した中のひとつである。

●●●

会社員の男性、Aさんには、社内で少し苦手な同僚、Bさんがいた。

年齢はAさんより少し上。
なんというか、考え方や調子の乗り方がAさん自身の感性とズレていて、苦手なのだ。

会社での関係を日常に持ち込みたくないAさんと、終業後や休日にしょっちゅう飲み会を開くBさん。
会社はどちらのスタンスにも干渉しないし尊重もしてくれていた。

何事もなければAさんが少し我慢をして、険悪になることもない。
社会人としてはいい距離を取れていたのだが、ある日の昼休み、世間話の流れから、AさんとBさんは最寄り駅も同じで、家もそう遠くない距離にあることが判明してしまった。

Aさんは、
(うわぁ……休みの日とか合っちゃったり、誘われたら嫌だな……)
と考えていたが、しばらく経ってもBさんからそういった類の誘いは無かった。

だとしても、忘年会で見たBさんの酒癖の悪さや、休日に誘われたり、家に尋ねられたりしたら――。そういった考えはAさんの頭から離れなかった。

そんな昼休みの一幕から、一か月も経過していないくらいのある日の夜。

Aさんは仕事を終え帰宅。同棲している恋人と夕飯を食べたりして、それじゃあそろそろ寝ようか、と日付が変わる前後、Aさんの携帯電話が鳴った。

こんな時間に誰だろうか。
Aさんが携帯電話を見ると、そこにはBさんの名前が表示されていた。

確か帰り際に何人かで飲み屋に行く、みたいな話をしていた。
そこでAさんは
(もしかして、飲みに来い、とか、ウチに来て飲もう、とか言われるんじゃないよな)
と、嫌な方向の想像が膨らんでいった。

(無視しちゃおうか……。いや、それで会社で気まずくなるのも……)

少し逡巡したAさんは、恋人と一緒にいるし、なににせよきっぱり断ろう。そう考え電話に出た。

通話がつながる。もしもし、とAさんが言い切る前に、息を切らしたBさんが
「もしもしっ! Aか! 今から家行ってもいいか!」
と、切羽詰まった雰囲気で話し始めた。

「えっ、Bさん、どうしたんですか?」

Aさんが返すも、「今ちょっとさ」や、「大変なんだよ」と、イマイチ要領を得ない返事ばかりだ。

「すみません、今ひとりじゃないんで……。ちょっと聞いてみます」

電話から顔を離したAさんは、先輩からこんな電話が、とくつろいでいる恋人に説明する。

「困ってるみたいなんだし、とりあえず来てもらってから説明聴けばいいんじゃない?」

「そうだよね。ありがとう」

感謝の言葉を告げ、Bさんに「とりあえず大丈夫です」と、マンションの部屋番号を伝え電話を切る。


マンションの入り口、オートロックのインターホンにBさんがやってきたのは、それから数分も経っていなかった。

自動ドアの開錠をしたAさんが玄関に向かうと、扉を開ける前からやけに響く足音が聞こえてきた。それから、自宅入り口のチャイムが連打された。エレベーターがあるにも関わらず階段で登ってきたようだ。

連打されるチャイムに少しイラッとしたが、招いたのは自分だ、とAさんは玄関を開ける。その後ろから恋人もついて来ていた。

玄関口に立つBさんは、息を切らし汗でシャツを濡らしていた。
Aさんが何があったのかを尋ねる前に
「あのさあっ、近所に○○公園ってあるだろ!」
と食い気味に切り出した。

Aさんの脳裏に近所にある少し大きめの公園が浮かぶ。
何回か近くを通りがかったことがある、遊具同士の間隔が広く取られた、住宅街にあるにしては大きめの公園だ。

息も絶え絶えに話を続けるBさんの言葉を、Aさんは何とか汲み取った。

飲み会からの帰り道。
酔いのまわった頭でBさんが歩いていると、尿意を催してしまった。

住宅街でコンビニなどは無い。立小便などはプライドが許さない。
近くに公衆トイレがある公園の存在を思い出したBさんは、帰路から少し迂回することになるが漏らすよりは……と考え向かうことにした。

誰もいない深夜の公園。
入り口から少し離れた場所に設置されているトイレへと入る。
酔っぱらって感覚が鈍くなっていてもわかるほどに汚い。三つ並んだ小便器はすべて、泥なのか排泄物なのかに塗れ、鼻にツンとしたアンモニア臭が刺さる。

管理人なにやってるんだよ……。若干尿意のおさまりを感じつつ、今しておかなければ。
Bさんは個室の方を見る。蓋のない洋式便器は、腰を掛けて用を足せる程度には汚くなかった。

それなら。と、二つ並んだ入り口側の個室に入り、扉を閉める。
鞄を荷物かけにひっかけ便器の方を向くと、入る前には気が付かなかったが、Bさんの足元に、かかと部分をそろえて置かれたスリッパがある。

(なんでスリッパなんかあるんだ……?)

病院の入り口にあるような、緑っぽい、青っぽい、暗がりだから判別はつかなかったが、よく見かける底の薄いスリッパだ。

(誰かが置いた? なんで?)

“出る”前だったBさんは無性に気になり、まだズボンを下ろす前だったこともあり隣の個室を確認する。上下に顔を顔を動かしてみるが、そちらには無い。

Bさんはそれなりに酔いも回っているものだから

(誰かがどっかから履いてきちゃって、脱いでいったんだろう)

そう深く考えもせず、最初に入った個室へと戻り、ズボンを下ろして用を足す。

長めの小用も終わり、トイレを流して、落ち着いたしそれじゃあ帰るか。
と、トイレの内鍵に手を伸ばした時、扉の外からの音が耳に入った。
出会い頭になってしまうとなんだか気まずいので、少し待った。

最初は

(誰かが自分みたいにトイレに来たのだろう)

そう考えた。

だが、その足音はパタパタパタパタッ、と、

(スリッパ……? サンダル……?)

足の裏にくっついてから離れるような、そんな軽い履物の足音が、小走り気味の速度で移動するように聞こえ、その足音の主は、トイレ内へと入ってきた。

(こんな夜中になんなんだ。よっぽど急いでいたのか)

先程までの自分を顧みるBさん。
だが足音は止まらなかった。それほど広くないタイル張りのトイレを、足音を立てながらぐるぐると何週も走り回っている。
そのあたりでBさんは今、自分が異常な事態に巻き込まれていることに気が付いた。

Bさんは屈みこみ、顔を床に直接付けないように気を付けながら、扉の下の隙間から外を伺う。

駆け回るペラペラのスリッパ――Bさんのいる個室にあるようなそれを履いた、血管の浮き出た皮膚、足首、丈の長い何かの裾。その両足が、さほど広くないトイレ内を、やはり走り回っている。

驚き、体ごと視線を外したBさんの耳には、変わらずパタパタパタパタ……ッ、という足音が聞こえてくる。

(なんだよ! 誰だ!)

焦るBさんだが、扉を開けてまで正体を確認する度胸は出ない。

何分か何十分か。個室内で息をひそめじっとしていると、足音がトイレ内から遠ざかるタイミングがあることに気が付いた。

何周かトイレ内を走り回り、出入り口の方へ向かうとしばらくか少々か、トイレ内には居ない。周期がある。

Bさんはやがて

(いまだ!)

トイレ内から出て行ったと思ったタイミングで鞄を手に飛び出し、視線をできるだけ正面以外に向けず、公園外に出た。

「それで、近所にAの家が近い事、思い出して……」

呼吸も戻ってきたBさんが語ったのはそのような内容だった。

話を聞いたAさんの最初の感想は(自分の家に帰れよ……)だった。

「あー、話して落ち着いてきた。とりあえず水かなんかくれない?」

会社内での普段のように、厚かましく続けるBさんに、Aさんの背後で一緒に話を聞いていたAさんの恋人が、

「すみませんけど、帰っていただけませんか?」

そう口にした。

同棲しているAさんにはすぐに判別がついたが、イライラしたり気が高ぶっている時の口調だ。

初対面の相手にここまで強く出ることはめずらしいな、Aさんが驚きながらも、Bさんが「あぁ、すみませんね……」とおとなしく素直に帰ったこともあり、ひとまず安心した。

Aさんが玄関の鍵を閉めると、恋人は「チェーンもしたほうがいいかも」と、普段はかけていないチェーンに言及したので、なんだろうと思いつつ、チェーンをかけた。

「あの人、大丈夫……?」

不安そうな様子で恋人が口を開いた。

「えっ。まあ……大丈夫なんじゃない?」

とあいまいに返事をする。

「何かの冗談なの? だってあの人スリッパ履いてたじゃん」

(’スリッパ? 履いていた?)

玄関先で面と向かって応対していたAさんは気が付かなかったが、少し後ろから見ていた恋人にはBさんの全体像が視界に入っていた。

訪問してきた際に聞こえた足音。思い返してみれば、それは革靴の硬い音ではなく、確かにスリッパのようだったかもしれない。

その晩は「悪ノリだったんじゃないかなハハハ」とお茶を濁す形を終わった。

後日譚が二つある。

Bさんの訪問があった翌日。

いつもより睡眠時間が短くなってしまったAさんが出社をし、自分のデスクで眠い目をこすっていると、一目でわかる二日酔いのBさんが出社してきた。

けだるい様子で同僚に挨拶しているBさんから、Aさんは何か言われるんじゃないかヒヤヒヤしたが、何事もなく挨拶されたので、戸惑いつつもAさんも挨拶を返した。

やがて昼休み。それとなくBさんに昨晩の出来事を伺ってみたが、

「おお。昨日飲みすぎちゃったみたいでさ。気づいたら家で朝だったよ」

と、記憶にないらしい。気が付いたら家にいたのだという。

それからしばらくたったある休日の昼下がり。
恋人と出かけてAさんは、たまたま件の公園のそばを寄る機会があった。

気になったAさんたちは、半ば『検証してみよう』といった考えで公衆トイレに入ってみた。

入り口手前って言っていたな……と話しながら視線を向けるたその個室トイレは、カタカナの『キ』を描くような、横、横、縦、とガムテープで封鎖されていたという。

開かないようにするなら扉枠と扉の境目をふさぐような、『コ』の方や、アルファベットの『X』に張るべきではないだろうか。

気持ち悪っ、と、Aさん達はこの出来事を忘れようと、その場を後にした。

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この記事は、ツイキャス「禍話」さんの怖い話をリライトさせていただいたものです。

公式ツイッター
https://twitter.com/magabanasi

ツイキャス
https://ja.twitcasting.tv/magabanasi

youtubeチャンネル『禍話の手先』
https://www.youtube.com/channel/UC_pKaGzyTG3tUESF-UhyKhQ

から書き起こした二次創作となります。

該当回『元祖!禍話 第四夜(お前ら、攻めてんなぁ回)』

ツイキャス版
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/731713876

03:40あたりから。

●タイトルはドントさん( https://twitter.com/dontbetrue )のツイートから拝借しました。いつもありがとうございます。

https://twitter.com/dontbetrue/status/1525504978780946432?s=20&t=-IE-enkLkswluAtL_UV49w

●あるまさん( https://twitter.com/aruma1220 )による『禍話 簡易まとめwiki(簡易とはいったい)

https://wikiwiki.jp/magabanasi/

誤字脱字衍字そのほか問題ありましたらご連絡ください。

これからの時期、もしかしたらあなたのそばでも足音が聞こえるかもしれませんね。

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