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視覚的ノイズを減らす
note160日目。
今日は、朝の散歩中に気づいたことについて。
日本に戻ってきてから、朝の散歩に出かけるのが億劫になってしまった。
歩くのが億劫になったのは、寒いからだろうとか神社まで微妙に距離があるからだと思っていたのだが、一番の理由は気持ちよく歩ける環境がすぐにはないからだということに今日気が付いた。
なぜなら、ニュージーランドにいる時と同じくらい歩いたと思って歩数をみたら、ぜんぜん少なかったからだ。
ニュージーランドにいる時は、自宅からすぐに歩くのに気持ちがよい環境に出ることができる。いつの散歩をする道まで、家から30秒ほど。
散歩道に入ってしまえば、車も見えないし、看板などももちろんない。
日本にいる時は近くにある神社(境内が広く森のような環境)で散歩するのだが、神社で散歩をするのを目的に出かけることになる。
神社に着くまでには、電柱についている広告、自販機、家の表札、学校の看板、コインパーキングの案内など、沢山のものを見る。
ニュージーランドにいる時はいつもの散歩ルートが苦痛に感じたことはない。だが、日本にいると神社までの道がまあまあ苦痛に感じる。
視界にいろんなものが入ってくるからだ。
そこで、私は視界に入るものを調整するのは大事であることにも気づいた。
特に日本にいると、文字が漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベット・数字を使用しているため、文字情報だけでもかなりの量になる。
一方、ニュージーランドは英語圏で基本的にはアルファベットと数字だけ。つまり日本にいるというのは必然的に視覚情報が多い生活になる。
加えて、電車でもバスでも街中のいたるところで動画広告が流れている。
これだけ視覚情報が溢れている中で、自分に必要な情報を見極めてその情報をとるというのは、かなり至難の業だと感じる。
ニュージーランドにいってから、自分の中で思考力があがったように感じていたのだが、これが理由だったのかとやけに納得した。
視界に入るものを意識的に調整することは、かなり重要だと思う。