【短編小説】瓶詰めのBOYHOOD
台風の後はいろんな漂流物が打ち上がる。
家の柱にできそうな太い流木から美しく輝くシーグラス、時には浜辺に座礁してしまう船舶まで。
夕方に浜辺を歩いていると、波打ち際に光るものが転がっていた。夕方の太陽光を鈍く反射させながら、打ち寄せる波に翻弄されている。
「なんだろう?」
紀正が近寄ってみると、ガラスのボトルだった。表面の傷やラベルの擦り切れ方、フジツボやカメノテ、蛎殻の付き具合から随分と長く海を漂っていたらしいことが分かる。
「今時、ガラスのボトルとは珍しいな」
一緒に散歩に来ていた祖父の茂正が呟いた。
拾い上げると、擦り切れたラベルにはアルファベットが書かれていた。
「じいちゃん、読める?」
「アルファベットだけど英語じゃないな。どこか東南アジアの書き方みたいだな」
この砂浜に流れ着くのはたいてい、朝鮮半島から流れ着くハングルか中国沿岸部からの簡体字の漢字ラベルが貼られたペットボトルだ。ガラスのボトルで英語表記でないアルファベットのラベルは珍しかった。
「この字の書き方、ティモが持ってる本の表紙に良く似てる気がするよ」
ティモは東南アジアのある国からの漁業研修生で、砂浜近くの町営住宅で数人の仲間と共同生活をしながら日本の漁業を学んでいる。年は二十歳前らしく仲間の中でも特に人なつっこくて、片言の日本語で紀正にも話しかけてきてはゲームやアニメの話をすることがあった。
紀正がボトルを持ち上げると、かさりと音がした。
「中になにかあるな」
茂正の言うとおり、中には茶色い紙のようなものが見えた。
「開けてみようか」
固く閉まった蓋を取ってボトルを傾けると、ボトルのラベルと同じように、英語とは違う綴りのアルファベットが手書きされた紙が出てきた。紙はすっかり茶ばんでいた。
「ティモに見せてみよう」
紀正と茂正は紙をボトルに戻すと、ティモの住む町営住宅まで歩いていった。
ちょうどティモは帰宅したところらしく、玄関先にママチャリを止めていた。
「ティモ、このボトルのラベル読める?」
紀正がボトルを見せると、ティモは懐かしそうな目をした。
「これ、僕の国で大人気の飲み物のボトルだよ。今はペットボトルだけど、僕が小さいころはたしかこんなガラスのボトルで売られてたよ」
「中に手紙みたいな紙が入ってるよ」
「メッセージボトルか。『ろまんちっく』だね」
そう言いながら、ティモは紙を広げた。数行目で追うと急に真剣な眼差しになった。つられて紀正と茂正もティモの手元を覗き込んだ。
「なんて書いてあるんだい?」
茂正の問い掛けに一瞬、ティモは渋い表情を作った。
「無人島から助けを求めてるとか? それとも宝島の場所?」
紀正も好奇心が抑えられない表情でティモの顔を見つめる。
「書いたのは子どもみたいだ。綴りは正確じゃないから、学校は行ってないのかも。訳してみようか?」
そう言ってティモはところどころつかえながら読み上げ始めた。
ぼくはふねにのっています。
ぼくのふねはサメをつかまえています。
ぼくはつかまえたサメのヒレを切りおとすしごとをしています。
大きなサメはこわいです。
ときどき、つかまえてもまだげんきなサメがいて、ヒレを切るときにふねのうえであばれます。
このあいだはなかまのフセイニおじさんがあばれたサメにかまれて、いっぱい血を流していました。
切りおとしたヒレはれいとうこにしまいます。
こおらせたヒレを船長は中国に売るといっています。
ヒレを切り落としたサメは海にほうりこみます。
生きていてももう泳げないのでかわいそうです。
このあいだは、海にほうりこんだ泳げないサメをなかまがむらがってともぐいしていました。
ぼくはもらえるお金は多くはありません。でも、少しずつでもいっぱいためて、いつかぼくも自分のふねをもちたいです。
小さなふねでいいです。家族が住む島のすぐそばで毎日、食べられるだけの魚がとれたらいいです。サメのヒレを切るふねにはもうのりたくありません。
だれかにはなしたいけど、ふねの中には同じ年くらいのはなし相手がいないので手紙にして海に流します。
ここまで読んでティモの手が震えだした。
「どうしたの?」
紀正が心配そうにティモの顔を覗き込む。
「日付があるんだけど、この手紙が書かれたの十年以上前なんだ。書いた子ども、今じゃ僕よりも年上かもしれない」
三人の間に短い沈黙が流れた。少しして紀正が遠い目をして呟いた。
「舟、もう持ててるかな?」