勝ち負けにこだわらないということと、最初から避けることはちょっと違うんじゃないかな
先日、知り合いの小学校で6年生に貿易ゲームをやってきた。
2クラスあって、それぞれ全く違う展開になって、クラスの色ってあるよなあ…って微笑ましく思った。
でもその2クラス目の取り組み方や最後の仕上げ方について、見ていた私はどうとらえるべきかちょっと迷った。迷いまくって結果、いつもより強めの違和感についてのフィードバックをした。普段小学生にはしないやつ。今でもそれでよかったのかは正直迷っている。
詳細はゲームのやり方にかなり踏み込むので書かないけれど、私から見てそれは「勝負を避けた」ように見えた。ある意味禁断の手法にも思えた。前に似たようなことがあったのは、あとで思い出した。それは小学校じゃなかった(大人だった)けれどね。
じゃあ何が私にとって「強めのフィードバック」をさせたんだろう。
私は何にひっかかったんだろう。
そのときふと浮かんだのは、「7つの習慣」(という本)のこと。
本では、まず個人としての自立の話から始まり、そのあとに相互依存に向かっていくプロセスとなっている。まず個人で「自分で立つ」のだ。自立した個人同士で互いの相乗効果を発揮していくことが人生をよりよく生きるうえで重要、そんな風に私は理解している。
もちろん人は完璧ではない。できないことがたくさんあるのが人だから、個人の自立って「自分で完璧にならねばならない」ということではない。何ができるかどうか、ではなくて、自分が自分なりの考えを持ち、自分で主体的に行動し決めて結果を得る(受け止める)。そういうありようを言っているんだと思う。どこかの頼れる声の大きい誰かにまるごとわが身とその運命を投げ出してお任せする、ってことではなくてね。
でもなんだか、小学校のそのクラスでその日その場で起きていたことが、思いついた「誰か」数人以外は「自分の頭で考えて決めて参画していた」ようには思えなかった。で、誰もちゃんと負けなくて、ちゃんと勝たなかった。それがもやもやした。
でも一方、これって私が「この思いつきを単に否定したいだけなのか?」「私が従来のやり方にこだわっているのか?」とすごく迷った(フィードバックをする数分前に脳内でめっちゃぐるぐるした)。今でもそこは、何がよかったのかわからない。あのまま「よかった!」でよかったのかもしれない、とまだ迷っている。
ただ、どうしても「ほんとにその作戦、みんなが合意した?その作戦で無条件に負けることを(実際にはちゃんと負けることでさえなくて、回避のようなものだったが)意図してやった?」って見えなかったのがもやついた(なんてめんどくさい大人だ・笑)
まだ何ものでもない可能性の塊の子どもたちには、まずもっと自分のわがままを主張してほしいし、頭に汗かいて動いてみてほしい、とか思っちゃうんだよなあ。これも私の思い込みやら押し付けなのかもしれない。
なんて煮え切らないんだ(笑)
ま、全体としては悪い場にはなっていないはずなので、こんな大人のもやもやはどうでもいいんだけどね。具体的に書けないので、読んでる人にはさっぱりわかんないnoteで済まぬ(笑・経験者の方にはこんど具体的にシェアしますから聞いてね)
貿易ゲーム、なにそれ?気になる!
…って興味がわいた人はググる前にぜひ、体験してみてください。ググっちゃだめよ。面白くないから(やりたい!とリクエストがあれば、ちょっと考えます。最低20人集めないとできないけど・笑)
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