小説 ター坊
愛知県岡崎出身の父が、帰郷を望みながら亡くなりました。故郷と父母兄姉達と、父から聞いていた話に想像を膨らませてこの作品を書きました。
私はこの作品の架空人物であるポッポが、想像の中で勝手に動きまくられ、ター坊が小さくなってしまったかも知れません。
しかし明治維新は武士の全てが職を失い失業した時代です。武士の妻や娘たちの悲惨さを色々調べ、一生懸命生きた家族を書いたつもりです。読んでいただけたらとても嬉しいです。
画像は作品に出る味噌饅頭。子が幼稚園の頃に教わった茨城の郷土料理「味噌の小麦粉饅頭」を、私は赤味噌で作るのでそれをヒントに。少しイースト菌を入れるとふっくら美味しく仕上がるのも事実です。80,000字有。
第1章 武家の辛さ
〇別れの挨拶
明治の時代に入り20年が経っていた。
明治20年12月初め頃、愛知県岡崎の旗本の武家屋敷加藤家。
加藤家は美子には3人の息子と2人の娘がいた。
長男重蔵20歳、長女美代子16歳、次男徳蔵7歳、三男圭蔵6歳、
次女千代子5歳
加藤家の主人、美子の夫は戊辰戦争で蝦夷地で亡くなり、
長男重蔵はそのまま北海道に居る。
裏庭にある葉が落ちた大きな柿の木に、十数個の柿の実が残る
加藤家の玄関に母子が来る。
母は加藤家の嫁美子の妹の杉浦初子、子は鳩子(ポッポ)4歳だ。
初子 「明日、鳩子が京都の親戚の家に行くのでご挨拶に伺いました。お饅頭を作ったので持ってきました。朝から鳩子と一緒にあんこを煮て、お饅頭を作り、蒸したら午後になってしまいました。」
美子 「嬉しいわ。良くお母さまが作ってくだされた味噌饅頭ね。ありがとう。鳩子ちゃんは元気そうね。良い子でお母さまのお迎えを待つのよ。」
鳩子 「はい、お母さまはお父さまを蝦夷で捜すのは大変だから良い子で居ます。」
初子は涙目である。6才の圭蔵が来る。
圭蔵「あっポッポ。饅頭を持ってきてくれたんか。うまそうじゃなぁ。今、柿の実を取ってやる。12月の柿は物凄く旨い。待っとってくれ。」
圭蔵は、はだしのまま木ににひょいと登る。
背伸びしながら柿の実を5,6個取る。
それを鳩子に渡す。圭蔵は饅頭を一つ取りがばっと食べる。
美子 「ご先祖さまとお父さまにあげてからにしなさい。もう食べちゃったの?早いわね。」
圭蔵 「うまいなぁ。この味噌饅頭は一番旨い!」
鳩子 「柿をありがとう。ポッポがお饅頭作りを手伝い、ポッポが丸めたの。お母さまに上手と誉められた。」
初子 「本当に上手なの。一緒に作るのは3回目かしら。ポッポは上手く餡を包めるわ。」
圭蔵 「そうか、わしのお父さまは蝦夷で死んだ。お兄さまは蝦夷に居る。ポッポは京都に行くんか。」
鳩子 「圭蔵兄ちゃまは、ポッポの家にお婿に来るよね。だからお母さまはお父さまを捜しに行かないといけないんだ。」
圭蔵 「ああいっちゃる。」
美子がくすくす笑う。
圭蔵 「お母さまは何がおかしいんじゃ。」
美子 「鳩子ちゃんはお姫さま、鳩子ちゃんのお父さまはご家老じゃった。お父さまのお婆さまは徳川様からお嫁入りなさった本当のお姫さまじゃ。
そやから圭蔵が徳川様のお家柄の家の婿にはなぁ。優秀で無いと婿に貰ってもらえない。喧嘩は徳蔵を泣かすほど強いが、勉強は苦手だなぁ。」
圭蔵 「この前、ポッポにひらがなとそろばんの足し算引き算は教えた。なぁポッポ。1回でよく覚えた。ポッポは頭が良い!」
美子 「そうじゃった。圭蔵は掃除が得意じゃった。枯葉を掃くのに2本のホウキを使いあっという間に掃きおった。あまりに早く終わったというので見たら、徳蔵はまだ掃いとった。圭蔵は隅っこに塵一つなくきれいに掃き終わってた。」
圭蔵 「兄じゃが新しいホウキを使うから、わしには古いホウキしかない。じゃが古いホウキを2本使うと兄じゃより早く掃けるんじゃ。」
初子が頭を少し下げ、優しい笑顔で圭蔵を見て鳩子に帰りを促す。
初子 「ステキな夢をありがとう。鳩子を宜しくお願いしますね。」
圭蔵 「うん。」
美子 「圭蔵、干し柿を持ってきて、鳩子ちゃんに上げなさい。干し柿なら京都まで持っていけるだろう。」
圭蔵は走って土間から藁で編んだ干し柿を持ってきて鳩子に渡す。
初子と鳩子は帰宅する。
鳩子が振り返り圭蔵に手を振る。
〇翌々日
矢作川から初子の遺体が上がる。
警察官が加藤家に来て、美子宛ての遺書を風呂敷を届ける。
美子と美代子がそれを受けとる。
美子は動転を隠せない。
美子 「すぐに初子を引き取りに行かないと。震えが止まらん。ああ細かい字はよう読めんから、美代子読んでくれんか。」
美子の住所と名前が書かれた封書。美子が封を開く。
美代子が手紙を封筒から出す。2枚入っている。
美代子が静かに読み始まる。
美代子「『お姉さま。ごめんなさい。本当にごめんなさい。鳩子を無くし無理です。本当にごめんなさい。2枚目はお姉さまだけ読んでください。
色々迷惑を掛けると思います。本当にごめんなさい。お詫びのつもりまでこの着物を受け取ってください。この着物は義祖母が嫁入りの時に持っていらした着物です。私が嫁入りしたころ義祖母から頂きました。どうかお受け取りくださいませ。』
1枚目はこれだけ。2枚目は~私が読んで良いの?」
美代子は動揺が止まらない。ただ涙があふれている。
美子 「初子の希望通りにしましょう。あとで私だけが読みます。」
美代子「はい」
美子は泣き崩れる。
美子「美代子、ポッポちゃに知らせんでおこう。お父さま、お母さまが生きて居られて、いつか迎えに来てくれると思っていた方が頑張れるじゃろうから。なんでこんな惨いんじゃ。初子……」
初子の家の中は、整然と片付けられている。
初子の骨をしっかり抱く美子。
徳蔵、圭蔵、千代子も杉浦家の墓に立つ。
〇それから3か月後、春になったある日
圭蔵の家でも母と姉と妹2人が北海道に行くことになる。
徳蔵と圭蔵は小学校を辞め東京上野の呉服店で丁稚で働くことに。
家族で食べる最後の夕食。
徳蔵 「どうしてわしと圭蔵は北海道に行けないんだ。」
圭蔵は黙っている。
美代子「運賃が無いんじゃ。貴方たちが丁稚に出てくれるから私たちの運賃を頂ける。」
徳蔵 「圭蔵だけが丁稚に行けばいい。わしは北海道に行きたい。」
美代子「男だろう。兄さんじゃろう。ポッポちゃんだって京都に行ったんだ。」
圭蔵 「ポッポは親戚は家じゃろう。」
美代子「……」
圭蔵 「違うんか。誰かが売られたと言ってた。本当なのか。」
美代子「良く知らん。それは噂じゃ。」
美子がご飯をつぐ。
美子 「仕方がないんじゃ。女が売られると大変な苦労をする。大人になれば分かる。男の子なら戦へ行く道がある。そして働いて仕事を覚える。働くと言うことを戦に行くと思いなさい。女子供を守るが男じゃけん。さあご飯じゃ。久しぶりの白いご飯じゃ。さあ食べよう。」
徳蔵「嫌じゃ。」
徳蔵は美代子から渡されたご飯を払う。
圭蔵はこぼれたご飯粒をそれを集める。
圭蔵「わしは頑張る。お母さま、安心しといてくれ。わしは頑張るから。」
美代子「ごめんね。私も器量良しなら芸子に売れるけれど、私や千代子だと女郎にしか売れんらしい。私が女郎に売られれば徳蔵と圭蔵は北海道に行けるんじゃが。」
徳蔵 「女郎ってなんじゃ?」
美子は涙がこぼれてる。圭蔵を抱きしめる。
圭蔵 「どうしたん。お母さま。」
美子 「いつかまた圭蔵を抱きしめる日を、その日まで圭蔵をこの腕で覚えておきたい。戦じゃ。良いか圭蔵、きっと生きて戦いに勝つんじゃよ。」
徳蔵も美子に抱きしめられる。
美子「さあお前たちは堂々とした武家の子だ。武家の子の誇りは失くさずに、どんな時も戦い続けてなさい。お母さまは毎日ご先祖様やのんのん様にお祈りしてるけん。」
第2章 44年後昭和5年
圭蔵は7才から上野の呉服店に丁稚ではいり、
24才で日露戦争に出願し兵士となり、負傷し帰国。
25歳で愛知県岡崎の豪農の山田家の滝と結婚し婿入りした。
山圭株式会社を作り織機事業を始め、大戦景気で大成功し、
妻滝と子供9人に恵まれ過ごしていた。
長女絹子、長男徹、次男実、次女麻子、三男義(よし)三女綿子、
四女縫子、四男進、五男忠(ター坊)
キー坊 山田家の女中、女工として働いていたが、足が不自由で
滝の優しさで家の女中に。料理が得意で家族のように過ごしている。
○昭和初期の尋常小学校にて
とても寒い日、小学校の達磨ストーブの上のヤカンが音を立ててる。
尋常小学校1年生教室でター坊が何人かの子供たちに囲まれている。
男子A「お前の親父は鬼だ。お前は鬼の圭蔵の子だ。」
男子B「酷過ぎると婆ちゃんが言っていた。もう5月に柏の葉は分けねえって言っていたぞ。」
ター坊は真剣な面持ちで、言われるままにしている。
ター坊「スー坊の爺さん、昨日はどうした……。」
スー坊が教室に入って来た。
ター坊はスー坊に近づき、手を教室の床に着いた。
ター坊「昨日、すまんかった。母ちゃんが脚気で寝込んでいるから、知らんかったんだ。ごめん。今日、すぐ母ちゃんに言うから、許してくれ。心配しないでくれ。」
スー坊「いや、金借りたままだから、仕方がねぇだよ。みんなに言われたんか?」
スー坊がクラスの皆に向かい、
スー坊「ター坊に言った奴出て来い。昨日は何一つ誰も何にもしてくれんかったろうが。何かしてくれた奴が言うならいいが、何もせんで言うな。爺ちゃんがこう言っとった。『もうすぐター坊の母さんが、温かい布団と隙間の空いていない扉を持って来てくれるから心配するな。』と言った。昨日は寒かったけど、今頃ター坊の母ちゃんが、持ってきてくれとる。」
ター坊「すまん。母ちゃん、脚気で寝とるから俺が持ってく。」
ター坊は、そのままの姿で駆け出した。
ター坊が廊下を歩き、教室に来た先生と廊下でぶち当たった。
ター坊「先生、昨日、親父がスー坊の爺ちゃんの布団まではぎ取ったんや。この寒い中なのに家の戸板まで取っていったって。母ちゃんが脚気で寝とるから、俺が届けんといかんだ。先生、行ってくる。」
先生 「おお、行って来い!ター坊は毛皮は着ていけ!爺ちゃんが寒かったろうから、毛皮をかけてやれ。温かいぞ。」
ター坊は教室に戻り、毛皮の上着を着、急いで駆け出した。
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