小説 介護士・柴田涼の日常 75 失禁祭り
翌日は夜勤。ショートスリーパーのサトウさんはすでに寝ていて、一度トイレに起き出しはあったものの朝方までぐっすりと眠ってくれた。寝ていてくれると気が楽だ。
この日はFユニットの尿失禁による更衣が続いた日で、車椅子のナミノさん(男性)が二回、歩行器のキミヅカさん(男性)が一回、車椅子のコイケさん(女性)が二回、更衣をした。下着を取り替えるくらいの尿失禁で済めばよいが、下着にズボンに防水ラバーまで取り替えるとなると一手間だ。
夜勤は、排泄介助に入る時間が決まっている。Eユニットは基本二十三時と五時だが、ハットリさんだけ二十二時、二時、五時に入ることになっている。Fユニットはご利用者によりまちまちで、起き出しの都度対応する人もいれば、二十二時、二時、六時のように定時で排泄介助に入る人もいる。排泄表にはご利用者ごとに見る時間が記入されている。Fユニットのご利用者は、基本的にオムツは着けない方針で布パンツをはいているが、尿量の多い人は漏れるし、尿汚染のため下着やズボンを交換するのは手間なので、数名のご利用者には内緒でオムツを着けてしまっている。夜間、尿汚染により更衣を繰り返しているご利用者が布パンツというのはどうなのだろうか。お互いにとって楽な方法をとるほうがいいだろうと僕は思っている。
二十二時、巡視のときにナミノさんの部屋をのぞくと端座位になっておられた。トイレに行くというのでお連れするとグレーのズボンが一部濃く変色しており背中も濡れていることに気がついた。トイレに座らせたまま全更衣し、ラバーも濡れていたので交換する。三時のときは下着のみの交換で済んだ。
二時、キミヅカさんはパッドいじりのため下衣類とラバーを交換したが、これは二十三時にトイレに立って帰ってきたときにベッドの端のほうで横になっていたのでもう少し奥に行ってと少し強めの口調で言ってしまったことが原因だろう。キミヅカさんの怒りを買ってしまったのだ。コイツを困らせてやろうと思ってパッドいじりを半ば計画的に行ったものと思われる。
三時、コイケさんのパッドがずれており背中までびっしょりになっていたため全更衣をしてラバーを交換しようと思ったが、交換するラバーが倉庫にない。仕方なくラバーは敷かずにオムツを当てることにする。シーツを汚されるのは嫌だったし、早番者の出勤前にオムツをはずしておけば問題ないだろうと思った。六時、コイケさんの排泄介助に入ると、今度はオムツを下のほうにずり下げていて、シーツの真ん中に大きなシミが出来ていた。そして背中までぐっしょり濡れていた。本日二度目の全更衣を行うため、居室を出て、ユニット内の談話スペースと称される物置き場所に置いてあるコイケさんの箪笥から衣類を取り出す。コイケさんの居室には衣類ケースが置いてあるがそれはダミーのもので、ほとんど何も入っていない。衣類を入れておくと、コイケさんは衣類を取り出していじくりまわしてしまうらしい。シーツ交換をしなければならないが、コイケさんが寝ていると交換しづらいし、この方は六時を過ぎると起き出しが頻回にあり、「いま何時ごろでしょう。もう起きなきゃいけない時間かな」「まだ寝ていてください」というやり取りを何度も繰り返すことになるので、コイケさんにはもう起床してもらうことにする。Eユニットではすでにサトウさんが起きていたので、二人に清拭たたみをお願いする。その間に、コイケさんのベッドのシーツを張り替える。まずは尿汚染されたシーツをはがし、防水仕様のマットレスにアルコールを吹きかけ乾いた清拭で拭く。それから新しいシーツを張る。尿汚染されたシーツは袋に入れ、「シーツ 尿汚染」と黒マジックで書いてあとで一階の倉庫に持っていく。Fユニットの六時の排泄介助を終え、Eユニットに戻ってくると、サトウさんとコイケさんは清拭たたみをせずに傾眠されていた。とくにコイケさんは机に伏せって寝ていたので、居室に連れて行き臥床対応を取ることにした。うまくいかないものだ。
朝食のカートを取りに行くと、検食の当番だということを知る。今日は鮭の塩焼きだ。「今日は当たりだね」と早番の真田さんは言った。飲み込みの悪いトキタさんの食事介助をしながら検食をする。検食では、味付け・盛り付け・量などについて評価する。「おいしく頂きました」と検食簿に記入する。