小説 介護士・柴田涼の日常 130 食レクでウインナーパイを作る
今日は日勤で出勤する。朝から冷たい雨が降っている。こういうときに車のありがたみを感じる。自転車だとカッパを着て冷たい雨が降るなかを二十分もこいで行かないといけない。その差は大きい。
平日なのに道路が空いてるなと思ったら祝日だったことを忘れていた。早めに家を出たので早く到着してしまう。他の職員は車のなかで過ごしている人が多いが、僕は少し早めにユニットに入っておきたいのですぐに車から出る。
事務所の壁には、ユニットごとの入居者数が書かれたホワイトボードが掛けられているが、Eユニットが「男1女8」となっていた。あっ、これはキサラギさんが入院したなとすぐに思った。
二階に上がると、「脱水と高血糖のため入院」と記録にあった。あの日ボーッとしていたのも、誤嚥したのもそのせいだったのかもしれない。無事に退院してくることを祈るばかりだ。
昨日、お風呂に入る予定だった二人が今日に回されていたので、仕方なく僕がやることにする。明日も僕がお風呂係になっていたが、真田さんと話し合って、今日僕が三人、明日真田さんが三人と振り分けることにした。お風呂介助は身体が濡れるのでその分疲れてしまう。負担は公平に分配したいものなので、とても助かる。
お風呂を終えると十四時からはウインナーパイを作る食レクだ。遅番は十二連勤中の十二連勤目の間宮さんだ。間宮さんは行事嫌いなので、この日に食レクを選んだのは失敗だった。この人は、人の企画したレクには協力的でない。自分中心の人なのだ。
僕は十三時から休憩に入り、十三時五十分には戻って準備を始めたが、まずテーブルの上にたたまれた洗濯物が片付けられていない。間宮さんと真田さんは世間話に興じていた。仕方なく僕が片す。おやつのお茶も沸かしっぱなしになっていて、そのままだと熱いので早めに入れて冷ましておかなければならないがそれもやっていないので、僕が入れておく。僕が反対の立場だったら、少しは気を遣うのだけれど、何のフォローも入らない。
ようやく準備にとりかかれる。と言っても、そんなに大した準備はいらない。解凍しておいた冷凍パイシートを一センチくらいの幅に切るだけで終わる。ご利用者にはその細いパイシートをウインナーに巻いていってもらう。ハットリさんはくるくると器用にどんどん巻いていってしまう。ナシタさんはディスポ手袋をはめることがなかなか出来ず、それだけで時間がかかってしまったが、三本くらいは巻くことができた。ウチカワさんはディスポ手袋をはめると巻きづらいと言って取ってしまったが、衛生上よくないので、また手袋をはめてもらい三本くらい巻けた。ヤスダさんはやりたくないと言われたので巻けず。ヤスダさんはこういう参加型のレクはあまりお好きでないようだ。一人で対応していたので、その他の人には回らず、ほとんどハットリさんが巻いてしまった。巻いたパイ生地の上に卵黄を塗ってもらってトースターで七分ほど焼けば完成だ。いい匂いがしてくる。常食の人は一口大に切り、キザミの人は細かく切って、ケチャップをかけ、少し冷ましてから提供する。マスタードも用意していたが、むせてしまうということで使わずに終わった(「マスタードもつけたらいいんじゃない」と助言してくれたのは真田さんだったのだが、真田さんは間宮さんに同調して結局やめることになった)。「美味しい」と言って、みんな二本ずつくらい食べてくれた。一本は検食用に栄養課に提出する。
真田さんは協力的に動いてくれ、写真撮影もしてくれた。一方、間宮さんは非協力的であった。卵黄をパイ生地に塗るときに「厨房から刷毛を借りてきたら」と口を出してきたが、僕がその場を離れてしまうと進行が止まってしまうので借りに行くならあなたが行くべきだと思ったが、口には出さなかった。卵黄はハットリさんにスプーンで少しずつ塗ってもらった。一つひとつの行動が残念だったが、この日を選んだ僕が悪かった、ということにしておこう。
食レク終了後の小休憩で、Dユニットの宍倉さんにご利用者からの差入れのおせんべいをあげるとお返しにマヨカレー味のおせんぺいをくれた。なんでも高校時代の友人に還暦祝いの品を贈ったらお礼におせんべいの詰め合わせをくれたのだと言う。宍倉さんが労をねぎらってくれたので少し気持ちが落ち着いた。マヨカレー味のおせんべいも美味しかった。
間宮さんと一緒にいると疲れる。さっさと仕事を終えて帰ることにする。
この日は、出勤後にセンリさんに「おはようございます」と挨拶すると、「救世主が来てくれた」と言われた。僕のことをほんとうにそう思ってくれているのだろうか。
夕食後、ナシタさんの就寝介助をするとき、ベッドに移乗して、身体をベッドの上方から引き上げたとき、頭がベッドのヘッドボードにぶつかってしまった。すぐに頭をなでて謝ったが、「頭の中がからっぽだからゴンっていい音がした」と言って笑われた。これには僕も一緒になって笑ってしまった。
嫌なこともあるが、こういう面白いことがあるから明日もまたがんばろうと思える。