小説 介護士・柴田涼の日常 107 《実況中継》早番の離床介助、ナースに呼ばれ職務放棄をもくろむ安西さん
翌日は早番。当直リーダーが平岡さんだったので、朝は全員起こしてくれているものと思っていたら、平岡さんがユニットに入るのは七時頃からなので、離床介助は早番者がしないといけなかった。勘違いしていたことに気づいたのは、ゆっくりベッドから起き出してトイレに入ったときだった。あわてて準備をして車に乗り込む。車だと朝は楽だ。飛ばし過ぎないように注意して職場に向かう。急いで起こすべき人を起こし、トイレに連れて行くべき人をトイレ誘導する。
まずはイマイさんを起こしてトイレ誘導する。イマイさんは朝の早い時間からゆるい便が出てしまうため、早めにトイレに連れて行かないと大変なことになってしまう。今日は遅めの時間だったがオムツカバー内にまだ便は出ていなかった。次にトキタさんを起こしてトイレに連れて行く。トキタさんは薬が抜けて来て身体が動くようになってきたが、逆に先日は夜中に起き出してしまったりしたという。脳の働きを抑える薬のようだが、薬の調整も難しいものだ。ここでイマイさんを放っておくと、おしりを拭いた紙をいじくり回してしまうため、イマイさんのお尻を拭きズボンを上げてトイレから出す。次はキサラギさんを起こす。片マヒながら「よいしょー」と言って自分で起き上がったり、車椅子に移ることができる。気分の波はあるが、「キサラギさん上手」などと褒めると喜んでくれるので、声かけをうまくすると介助がスムーズに行く。次に行く前にトキタさんをトイレから出し、義歯をつけてお席まで連れて行く。トキタさんは放っておくと感情失禁が出てしまう。次にセンリさんを起こす。センリさんは起きてからしばらくは頭がボーッとしているため、トイレでの立ちが悪い。車椅子から一度便座に移ってもらって、それからまた立ってもらいズボンを下ろす。「立ってくださーい」と言っても足に力が入らず身体が重たい。無理はせず、しっかりと立てるようになるまで覚醒を促す。オムツをつけているので、すぐに外せるようにオムツカバーのテープははずしておく。センリさんのトイレが済むと義歯をつけ自席まで連れて行く。最後にヨシダさんを起こす。「起きますか?」と訊ねるとかすかに頷かれたため、起こすことにする。覚醒状態は良好だ。ヨシダさんは流涎が出て来てしまうため、バスタオルを身体の前にかける。これにて一通りの離床介助は終了となる。すぐに朝食が来てしまうため、ここまでを手早く済ませないといけない。
夜勤者が沸かしてくれたお茶をカップに注いで冷ましておく。
タオルウォーマーから顔拭きタオルを出し、各ご利用者にお顔を拭いてもらう。拭くことができないトキタさん、センリさん、ヨシダさんは介助する。トキタさんは目薬を右目に差す。おしぼりを配り、トキタさんとイマイさんにはエプロンをつける。ヨシダさんは不随意運動ではずしてしまうため、直前になってからエプロンをつける。
食事カートが来たら食事を盛り付け、配膳する。トキタさんとヨシダさんの食事介助をしながら、センリさんのお椀に食べ物を入れて渡してゆく。食事が終われば下膳して薬を飲ませる。それからトイレ誘導をしつつ食器を洗う。
この日は平岡さんが少し残ってくれて、食器まで洗ってくれたのでとても助かった。さらにヨシダさんのトイレ誘導をするとオムツ内に軟便の失禁が多量に見られたため、陰洗と更衣を手伝ってくれた。一人だと大変なことも二人だとあっという間に終わってしまう。
そしてこの日は早遅対応だったので、十二時まではCDで歌を流しながらキサラギさんやイマイさんとともに口ずさみ、ゆっくりと過ごしていた。
遅番は安西さんだ。十二時で休憩に入り、帰ってくるとまだトキタさんの食事介助をしていた。キッチンの床は水でびしょびしょに濡れていた。「一時間じゃ終わんないっすよ」と言っていた。「ナースに頼まれたことがあるから抜けてもいいですか?」と訊いてきたが、以前にもPC操作のことで呼ばれなかなか帰ってこないことがあった。「人がいないので断ってください」と僕は言った。この人は何かにつけてサボろうとするので、一度行ったら三十分くらいは帰ってこないだろう。今日は昼食後のトイレ誘導が終わると「トイレ行ってきます」と言って十五分は帰ってこなかった。それからナースの手伝いに行ったらそのあとの仕事は全部一人でやらないといけなくなる。おやつの提供と介助、トイレ誘導、着替え、そして早番の仕事として記録もしないといけない。早遅対応だと十四時四十五分には遅番は休憩に入ってしまうので、あわよくばそこまで戻ってこないつもりだったろうか。
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