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序章 - 世界の中の日本

海外の人に日本の魅力を語るとき、みなさんはどんな言葉を思い浮かべるでしょうか。「桜/Sakura」「富士/Fuji」「鮨/Sushi」「侘び寂び/Wabi Sabi」。こうした言葉に続いて、「工芸/Kogei」という言葉を世界に広めたい。それが、私たちの活動に通底する想いです。

ものづくりの国、職人の国

日本は、高度経済成長を経て、ものづくりの国として世界で評価を高めてきました。今では、様々な国の人が日本製の車や電化製品は品質が高いと言ってくれます。数年前に、ドバイに行った際、バングラデシュから出稼ぎにきているタクシーの運転手が、「日本がどこにあるかは知らないけれど、トヨタなら知ってるよ。今乗ってる品質のいい車だろ。」と笑いながら話してくれたときは、とても嬉しく感じたものです。

また、和食の国際的な認知度も年々高まってきています。世界中に広まってるとまでは言えないものの、アジアでは特別な存在感があり、日常会話の中で、「旨味/Umami」や「出汁/Dashi」という単語が聞こえてくることすらあります。鮨や懐石料理は、熟練した職人の印象にも繋がり、総じて、日本は技術の高い国として考えられています。

海外における日本文化の魅力

そして日本には、長い時間をかけて育んできた固有の文化があります。かつて、新渡戸稲造や岡倉天心が、武士道や茶の精神を、西欧とは異なる魅力を持つ文化の一つとして国際的に紹介しましたが、ここ最近では、グラフィックデザイナーの原研哉さんや元サッカー選手の中田英寿さん、建築家の緒方慎一郎さんらが、日本茶や日本酒、工芸品などを通じて、地域に根ざした日本文化の魅力を海外へ伝えようと独自の活動をされています。

昨年1月に、緒方さんがパリで展開されている「OGATA paris」を訪問しましたが、見事な内装だけでなく、お茶や和菓子、工芸品など、日本の美意識の詰まった館で、東洋の文化がパリの人々を強く魅了していることを肌で感じました。彼らに比べれば、ほんの小さな動きでしかないものの、私もシンガポールと東京を拠点としながら、日本の現代工芸ギャラリーを運営し、ものづくりの視点から日本の美意識を伝えようとしています。

シンガポールから日本を眺める

シンガポールは多民族国家であり、工芸ギャラリーを訪れる人々も様々な国籍や人種の方々です。そうした方々と話しをすると、「侘び寂び/Wabi Sabi」や「禅/Zen」という言葉を多くの方が知っており、その興味の質に驚かされるものです。葛飾北斎の絵も日本人が思う以上に知られており、それ以外にも、柳宗悦の民藝に関する著書や谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は英語の本が海外で出版されていることもあり、日本人よりも印象強く受け止めている人も多いように思います。日本人よりも、日本の美しさを理解している。そんなことを思うことすらあります。

そして、工芸へ

日本人として海外で輝く日本の美を見極める「目」を持っていたい。そうした想いから私は日本の現代工芸品を紹介するギャラリーを始めました。工芸品は、日常に使われる道具でありながら、芸術性が宿るものです。中でも、日本の工芸品は、地方の風土やそこに暮らす人々の気質が反映されたものであり、それゆえにそれぞれの地域に根ざした固有の美というものが存在します。私自身も、陶磁器や漆器などの工芸品を知れば知るほど、日本は一面的ではなく、様々な美意識が眠っているものだと気づかされ、そうして養った「目」は、日常の暮らしだけでなく、様々な国際的な場面で役に立つだろうとも思っています。

これからの日本

これまで、世界で存在感を持っていた日本のものづくりですが、今ではプラットフォームはGoogleやAmazonらのGAFAが独占状態であり、アリババや華為らの勢いも凄まじいものです。私たち日本がこれから世界に貢献できるとすれば、和食や工芸品、さらには旅館のように、職人気質と伝統的な美意識が交わるようなものではないかと思うのです。世界で人気を高めている日本のウイスキーも「クラフトウイスキー」という言葉が使われ、ある種の職人気質なものづくりとも言えます。大量生産には向かないものの、一つ一つに繊細な趣があり、他にはない味の美しさがあります。そうした美意識の一つ一つが総和となって、日本の魅力を高めていくのではないかと思います。

土地に根ざしたアイデンティティ

世界は都市化が進み、均質化していく一方で、それぞれの国の固有のアイデンティティを問い直そうとしているように見えます。みなと同じでありたいと思う自分と、みなと異なる個性を持っていたいと思う自分の両面があることが、人の本質なのだろうと思います。そんな中、肌や目の色ということではなく、それぞれの土地に根ざした文化や美意識は、かけがえのない財産として、これからの人々のアイデンティティの源泉になっていくはずです。

宇宙飛行士が、宇宙に出て初めて地球の美しさに気づくように、海外に出てみると、日本の美しさに自然と気づくようになります。日本の工芸品を探す旅は、日本の地方の魅力の再発見であり、自分自身の日本人としてのアイデンティティの再認識でもあります。そして、その旅の続きが、世界の人々の暮らしを潤すものであれば、なお嬉しく思います。

本日の序章を始めとして、これからは、数週間に一度、海外に向けて伝えていきたい日本の文化や美意識に関する文章を綴っていくつもりです。きっと、海外に住む日本人やこれから海外で活動してみたいと思っている方々には、文化的な知識・教養、そして一つの目としてお役に立てるのではないかと思います。書き終えたとき、日本という像が少しだけ美しく浮かび上がってくれたらと思いながら、20篇程度の文章を書いてみようと思います。

文:柴田裕介(HULS GALLERY)

参考サイト)

低空飛行」グラフィックデザイナーの原研哉さんが運営する日本の紹介サイト。メンバーシップ制ですが、美しい映像・写真・文章で構成されています。

NIHONMONO」中田英寿さんが運営する「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン。中田さんが実際に訪問した体験なども綴られています。

Ogata Paris」建築家の緒方慎一郎さんがパリで運営する、茶房や和菓子ブティックなどで構成された、複合的な空間。日本の美意識が詰まった素晴らしい空間です。

陰翳礼讃」谷崎潤一郎の随筆。日本の暮らしの中の美意識に向き合ったもので、英語での評価も高い作品。

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