怪物はやさしい
目の前で生涯の相棒が死んだとき、死ねない彼は死ぬほど自分のからだを憎いと思った。
永遠に老いることもできず、怪我をすることもできず、死ぬことも、ましてや自分の血を見ることさえできないのだから。
彼は幾度も悩んだ。自分は怪物だ、血も赤くないのかもしれないと気が狂いそうになった。そのたびに助け舟を出してくれたのは紛れもなく腕の中で目を閉じる相棒だった。
「お前は俺と同じだ。ちゃんと人間だよ。だって誰よりも人の痛みがわかるじゃないか。」
何度も何度も「死にたい」と嘆く自分にそう語りかけてくれた。
心はこんなにも傷だらけなのに、いくら腕にナイフを突き立てても何も感じない。血も出ない。誰も気づけなかった自分の心の傷に唯一気づいたのが相棒だった。
『どうして。』
死なない俺を庇ったの?
俺を置いていかないで。
せめて綺麗にしてやろうと、刺さったナイフに手を伸ばした。
刃に指が触れたとき生まれてはじめて一筋血が流れた
ちゃんと赤かった。ちゃんと俺は人間だった。
自分が死ぬ瞬間に彼が普通に戻れることを相棒の彼は知っていた。
だから守った。
普通を生きてほしくて。ちゃんと人間だと知ってほしくて。
誰よりも優しく、だれよりも傷ついた彼に自分は怪物だなんて言わせたくなかった。
きっと優しい彼ならいい仲間が現れる。
きっと何十年後かに見守られて死ぬことができる。
俺がいなくても大丈夫。
お前の人生はここからはじまる。
幸せになって。
最期にひとつだけわがまま聞いてくれるかな。
「俺のこと、忘れないで。」
相棒のやさしさに死ねなかった彼は涙を流した。
痛かった。血が流れる指なんかより心の奥が苦しいほどに痛かった。
生きなければいけない。
簡単に死ぬことなんてできない。
彼が気づかせてくれた。怪物なんかじゃないと。言葉で命で俺のために。
相棒がいない世界でうまく生きられるのか自信なんて一ミリもない。
仲間ができる保証もない。
でも、死ぬまで生きよう。とだけ心に決めた。
優しすぎるくらいの愛情をもって、人の痛みをくみ取って、そうすればきっと相棒の夢見た自分になれる。
『お前のこと死んでも忘れない。死んだらまた会おう。』
数十年後。
彼は優しすぎる。人をダメにするくらい。でも彼は誰よりも皆に愛されている。
そんな噂をされる彼は、一週間前、死んだってさ。
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