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[日記]うんこのことしか考えていない人間がカレーを作る。

 
 うんこのことしか考えていない。なぜならうんこが嫌いだからだ。
 人間、嫌いなものほど気になってしまう。痰吐き爺、マナーの悪い犬の散歩、そしてうんこ。毎日うんこと顔を合わせることが苦痛だ。うんこ。うんこが嫌いだ。

 

 子どもはみんなうんこが好きだ。うんこのドリルが出れば食いつき、うんこミュージアムが開催されれば嬉々として出向く。うんこと言えばウケると思っているし、実際にウケる。
 私もかつてはそういう子どもの一人だった。しかし歳を重ねるごとに冷静になっていく。

うんこ、厄介。

 だって臭いし。汚いし。

 どうすれば私はうんこを愛せただろう。出すときいちいちお腹痛くなるし、我慢出来なかったらどうしようと思って不安になる。出掛ける直前になって急に催し、結局諦めて仕事に向かい、落ち着いた頃にはもう出なくなっている。あるいは出そうで出ない。つくづく思い通りにならない彼女を、どうにかすれば愛せただろうか。
 その点、小便は手軽だ。催したところで腹痛も起こらないし、我慢も割と融通が効く。強烈な悪臭も放たない。非常に付き合いやすい。付き合ってくれ。うんことかいう気まぐれメンヘラ女とは縁を切って、気遣いができて重すぎない小便と添い遂げたい。頼む、愛しているんだ。

「それは違うわ」

 小便は私にそう言った。

「うんこと比べた時に、単にわたしが呼び出しやすい女だったというだけ。あなたは私を愛していないわ。だってあなた、私の好きなところ、言える?」

 私は言葉に詰まった。私は小便を愛していたつもりだった。彼女の存在はもはや私の日常そのものであり、お互いに想い合っているものだと思っていた。一生付き合っていけると思っていた。
 それなのに出てくる言葉といえば、うんこと比べてどうだとか、手軽でいいだとか。

「結局あなたはうんこが好きなのよ。うんこのことばかり考えているんですもの……。わたし、ずっと羨ましかった。あなたにずっと想ってもらえるあの子が」

「小便、違うんだ、待って——」

「触らないで。わたし、あなたが思ってるよりもずっと汚いの。ずるいの。あなたにとって都合の良い女でいれば、いつかあなたがわたしのものになるんじゃないかって。馬鹿よね。わたし、ほんとうに……」

 私は、小さく震える彼女の肩をただただ見ているだけしかできなかった。
 ショックだった。小便が抱えていた感情も、私が無意識のうちに彼女を傷つけていたことも、何より私がうんこのことが好きだということも。

 その時、不意に私の腹部に違和感があった。他でもないうんこからの誘いである。『会いたい』とだけの勝手なメッセージに戸惑いを隠せない。

「そろそろ行くわね、わたし」

 小便は目を合わせないでそう言った。震えてはいたが、たしかに彼女の決意が感じられる声だった。

「……もう、会ってはくれない?」

 私は縋るような目で彼女を見つめた。

「まさか。わたしが来なかったらあなたは大変よ。病気になっちゃうわ」

 どこかで子どもがはしゃぐ声が聞こえた。

「でも、わたしがわたしの為にあなたと会うことはもう無いわ。あなたとわたしはもう、それだけの関係。ただの排泄に過ぎない」

 春の風が強すぎるほどに、私の髪を撫でた。

「ごめん」

「いいのよ」

 それが私たちの交わした最後の言葉になった。そして、結局うんこは出てくれなかった。




 夕飯はカレーにした。

 それはべつに、うんことは関係ない。

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