自分を見守るということが増えた
あみは46才で乳がんステージⅢの治療中です。病気になって、見守るということを覚えました。
いままでは、できるかできないか、やるかやらないかみたいな
そしてバッっと動いてバッっと過ごす感じ
つねに何がきても、(何にもこないけど)抜けるようにしていた。宮本武蔵
でも、今日久しぶりの友達とあったときに
えらい声が小さくなったし
えらいゆっくり歩くじゃん
すぐ座ろうとするし
元気そうには見えるけど、やっぱり病気してるのね
(もちろん愛ですよ)
と言われて、ほんとに笑ったのでした。
一般のがん患者さんよりは元気とはいえ、やっぱり治療中なんだよなと。
まえは、友達とショッピングモールにいこうものなら、もうずっとしゃべりつづけ、歩き続けていて、友達から、もう本当にどっかでお茶したいと言われないと、相手が疲れていることも、喉が渇いていたことにも気づかなかったブルドーザーだったの。
一緒に買い物行ってもくつろげないと言われていて。。
今はどこまでだったら歩けるかなとか
どこまでだったら家事できるかなとか、
一個やって、ちょっと体に確認して
座って心臓を休めたり、大丈夫そうなら次のことして
一日の予定も一個しか入れずに、過ごしてる
まえは一日に何個も予定入れて、30分単位で区切ってなんかしてた。。。
時間の錬金術師だわぁとかぐらいに思っていたんよ
時短系の本や投稿にに書いてあることで新しい知識なんかなかったしね。
もうそれを一個もやってないというね
お風呂で乾燥してるところの皮膚がないか探したり、
トイレもゆっくり入って内臓に色々問いかけてみたり、
冷蔵庫を隅々まで確認してほんとうに買い物行かないといけないか考えてみたり、足のむくみ加減も毎日かわるので、今日はのこの靴なら入るかなとか、今日はもうクロックスでいいかとか
今日は皮膚がいけそうだから綿の服でもいけるかな、でもお腹のふくらみが大きいからワンピースかなとか、服を選ぶだけで十数分を過ごしている
朝のドリンクも何なら飲めるか胃に聞いたりしている
書いていても、どんだけバーっとして、バッと動いていたのか
あんまり自分の気持ちとか、その場の空気感とか、感動することですら、あんまり味わってなかったんだなと思う。
なにかそこでゆっくり味わってしまったら、嫌なことがおきたり、嫌なことも味わうことになると思っていた気配。
自分の気持ちの変化や体の変化を見守りつつ
今日出来ることをしている
子供達すら見守るなんてしてなかったよね
もはや監視に近い。あぶねー事してないか、トイレでもらしてないか、スーパーで肉のラップ押して穴開けてないか。(何回か買ったよね)
なんで押すん?ラップにすぐ穴開けようとするのかね、、、
あと忘れ物と夜ちゃんと帰ってくるかもある、あと宿題、、etc
ほんとうに親を子供が選んできたのだとしたら、うちの子はもう地球へのやる気しかないと思う。ザ・保守の家にようこそ。
そして時間の流れが速い方が人生二倍になるでしょと思っていたけど、入ってくるスペースはないから、予定外のことは起きないなという
いまは、予定外のことが起きだして、ああ、みんながいってた流れに乗るってこれか、、、と気付いたしだいです
わたしはもう本当にコントロールしたいタイプでリーダータイプだからいままでは外側をコントロールしようとしていたけれど、
いちばん自分と自分の内側をコントロールしたらよかったんじゃんという気づき。これでまたもめごとは減りそう 笑
そしてこんな私を嫌いにならない夫に感謝
世の中や地球を見守るのはやめて、いっかい自分を見守ることをしています。そしてそれがなにより心地よい。
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