口移しサドル
あいつが戻ってきた。だまって私の前から姿を消して数日外泊したあとで何くわぬ顔で帰ってきたのだ。防犯登録番号を手に相談した自転車屋がでも鍵はかけていなかったんですよねと瞳のおくにサドの本性をちらつかせたことも水に流そう。だが違和感はぬぐえなかった。車体番号もキズも確かに元のままだけれど何かが違う。そうだサドルだ。卵のころから大事に育て口移しで餌づけしてここまで育てたサドルよ。お前まさか誰かに座られたのか? 私だけのサドルだったのに? 実にくちうつしい(口惜しさのあまり鬱になる心情)
探偵を雇った。あいつが家を空けた間に何があったのか調査させてやる。
「わかりましたよ犯人が」
「犯人?」
「その自転車は生き写しの偽物です。サドルだけ元通り、しかも誰も座っていませんでした」
「つまり本体をそっくり入れ替えて防犯登録シールも偽造してサドルだけを返してきたと? そんなことができるのは」
「鍵をかけてもらえなかった腹いせですな」
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たらはかに様の裏お題に参加しています。