釜揚げ師走 ①
「S県にいい温泉があるんだって」お花に誘われた。例の季節がやってきたのだ。年末のデートは泊まりがけだ。しかも、と次郎吉は密かにお花の手元に目をやる。力仕事など無縁のそれはまるで白魚のようだ。ATMには長蛇の列ができている。世間ではボーナスが振り込まれたのだろう。次郎吉にはデート一回分ならある。
寝過ごして車窓から外を見ると、海が見えた。しまった。ここはどこだ? ボックス席の向かい側に子どもが座っている。目が合うと人懐こい笑顔を浮かべた。車内広告の釜揚げシラスのポスターを見上げ「美味そう」とつぶやく。シブいな、子どもなら唐揚げだろう? なんとなく次の駅で下車して、ブラブラそぞろ歩く二人。シラス丼食うか? 子どものお腹が「グー」と鳴った。
「要らないよ」
「遠慮するなよ」
デートの軍資金があったのだ。二人で釜揚げ丼の店で食事をしていると、
「警察のものです。その子に捜索願いが出ています」
誘拐なんてしていません! と叫ぼうとしたら、なぜかそこにお花が現れた。
「その人は私の将来の夫です!」さらに子どもが
「ママ!」と言うではないか。やれやれ助かったよ。まさかキミに子どもがいたとはね。
子どもはボク上手くやったからサンタさんくるよね、とシラスのついた頰に笑くぼを浮かべていた。
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