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短編小説・シロコガネ
昆虫の生態から着想を得た短編シリーズ。その一は「シロコガネ」。
白はあらゆる色を含む色。答えは無限。決めるのは自分。
【シロコガネ】
~さまざまな色を含む純白。突出しないは平和の秘訣?~
「ここなら僕をかくまってくれそうだ」
僕は戦闘機から脱出し、白いパラシュートを広げた。
眼下には白い大地があった。
驚くほど純白な。
それは青い海に浮かぶ島だった。
僕はその大地に近づいていく。
パサリ。
着地は無事成功した。
いや、厳密には成功とは言い難い。
パラシュートの傘が木の枝に引っかかり、僕の体は宙に浮いていた。
大地を覆っていたのは密集する木々。
ブロッコリーのような根元を色とりどりの光が通り過ぎていく。
きれい、めまぐるしい、よくわからない。
とにかく、木も地面もすべてが無数の色の光線で覆われているのだ。
「まっ白な島だと思ったのに」僕はそうつぶやいた。
声が反響して辺りに響き渡った。
まっ白な、、まっ白な、、まっ白な、、、、、まっ、まっ、、まっ、、、、。
まるでたくさんの僕が八方に散らばっているようだ。
「何なんだここは!」
何なんだここは、、ここ、、何なん、、、何なん、なん、、な、、、。
僕の声を聞きつけて住民が集まってきた。
彼らは僕が地上に降りるのを手伝ってくれた。
地面に落ちた白いパラシュートの上を光の粒が駆け抜けていった。
「ここはいったいどこなんだい?」
ここは、、ここは、、、、、、い?い?、、、い?、、、いったい、、いった、
彼らは僕に反響防止のくちばしを渡すと、言った。
「ここはあらゆる色を有する光の国だ」
「あらゆる色?僕が空の上から見たときは白い島だったのに」くちばしを取り付けた僕は言った。
「まさに、そういうことだ」
「どういうこと?」
「ここは純白の大地ともいう。その白さといったら、ヤギのミルクもシロクマの八重歯だってかなわない」
「よくわからないな。でも実際、ここは色だらけじゃないか。はっきりって色キチだよ。君たちの姿だって、チラチラしちゃっているんだか、いないんだか」
僕には彼らの実態がつかめていなかった。
光の粒が羅列するばかりで、一人一人の見分けがうまくつかないのだ。
全体で一人のような気もするし、すごく大勢にも見えた。
「君らって何人いるんだい?あらゆる色を有するって一体何色あるの?」
僕はまったく埒が明かない相手に向かって叫んだ。
僕の声の波動がぶつかると、彼らは一瞬姿らしい形を見せた。
「この国ではすべての答えは決まっている」彼らは言った。「つまり、答えは求める限り無限にある。白一色かもしれないし、何万、何億、いやそれ以上の色があるかもしれない。つまり、答えは自分で決めるのだ」
僕は途方にくれた。
そんな僕の肩をちょんちょんと誰かが叩いた。
「君は友だちがほしくないかい?心を通わせる」
「君は誰?」
「僕は誰だろう。君は僕が何て名前だといいと思う?ルーク?キャンディ?ノア?ケンジ?オリバー?」
「知るか!僕に聞くな。お前なんて犬の名前で十分だ。お前はポチだ。ポチ!」
僕は半ばやけくそになって、声のする方に指を突きつけた。
「オーケー、僕はポチだ」
突然、目の前に男の子が現れて僕に手を差し出した。
僕は思わずその手を握り返した。
「今日から僕らは友だちだね」ポチは言った。
僕とポチは始終一緒にいたが、僕らの会話はなかなか噛み合わなかった。
ポチが楽しそうに笑っているのに、僕は怒りに震えてフーフー息を吐き出しているという具合に。
つまり同じ物事に対して、僕らの選択する答えがかけ離れていたのだ。
森の奥にきのこをとりにいこうよ。
ほら、あっちにもこっちにもきのこがある。
きのこはこうしてとるんだよ。
このきのこはとってもおいしいんだ。
よそ者の僕をどこに連れて行こうとしているの?
僕には何もわからないんだよ。
そうやってまた、僕をばかにするんだね。
だまされて、毒キノコなんて食らうものか。
島には日に何度か風が吹いた。
あらゆる色を含んだ光が、さざ波のようにやってきて僕らみんなを包み込む。
すると互いの考えがバターのように溶け出して、混ざり合い、一緒くたになって、結局、まっさらになって、風は通り過ぎていく。
凸凹は平らに、ギザギザは丸く。問題は問題でなくなる。
島のあちこちでは争いが起きそうになることもあるけれど、結局、島には争いは起こらない。
僕はポチに二度と会うもんかと思うけれど、結局、また友だちに戻る。
島の平和は風によって保たれているのだ。
この島にきた最初のうち僕は、相手から自分がもっとも欲しくない答えばかりを引き出していた。
人というのはそういうものだと思っていたし、僕自身も意地悪でなければ世の中を賢く渡っていけないと思っていたからだ。
人は善人に見えて、善人にあらず。
人の粗を探して、足を引っ張り合うのが常だ。
親切とは見返りのためにするものである。
僕は今までこんなふうな考えを持って生きてきたのだ。
しかし、あの光の波に包まれると、その中には本当に信じられないくらいの数の色があって、それは目まぐるしく輝いていて、何というかあまりに大きく膨大で、僕はだんだん実は何も考えなくてもいいのじゃないかと思えてきてしまうのだ。
考えたところで意味はないのではないかと。
そしていつしか風は、僕の心の汚れをきれいに洗い流していった。
「これが純白な大地といわれるゆえんなんだね」僕は言った。
「あらゆる色を有する光の国だよ」ポチが言った。
「僕はそろそろ自分の国へ帰ろうと思っているんだ」僕は言った。
「でも、君の国は戦争をしているんだろう?」
「そうだね。でも、もう終戦しているかもしれないし、そもそもはじめから戦争なんてなかったのかもしれない」
確かに僕の心にはいくつもの刺し傷が残っている。
でも、見ようによっては美しい思い出と言えなくもないのだ。
【シロコガネのなかま】
生息地:東南アジア
特徴:あらゆる昆虫のなかで最も体色が白い
シロコガネは自然界で最も白い、「純白の虫」だ。その体の色が白いだけでも昆虫としては珍しいが、その色は動物の歯や牛乳よりも白いという。
ではシロコガネはなぜ白いのだろうか。
シロコガネの体を詳しく調べたところ、外骨格(外側のかたい殻)は濃い茶色または黒い色をしており、白く見えるのはまっ白な鱗片が表面をおおっているせいであることがわかった。
この鱗片についてはイギリスのエクセター大学の光学物理学者ピート・ビュクシッチが研究している。それによると、鱗片のなかに存在する約0.00025mmの細かい繊維(フィラメント)が不揃いであることによって、自然光に含まれているさまざまな色が均一にむらなく散乱し、どれか一色が突出することがない。その結果、白く見えるというわけだ。
ービジュアル 世界一の昆虫/日経ナショナル ジオグラフィック社より引用ー
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