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鹿がペッてした毛玉「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺─真言密教と南朝の遺産─」@京都国立博物館

お盆にいくつか京都のミュージアムを回ってきたので、京博をメインにいくつか感想を書く。
鹿がペッて吐き出した毛玉、「鹿玉」のことばっかり書いているがそれ以外もとてもいい展覧会でした。

「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺」@京都国立博物館

京都国立博物館といえば、ずっと平成館1Fに鎮座していた巨大な大日如来坐像・降三世明王・不動明王の三尊が印象的だった。

その金剛寺と、同じ大阪・河内長野市にある観心寺に伝わる密教法具や仏画を展示したのが今回の展覧会だ。(なお、大日如来坐像ら三尊は既に金剛寺に里帰りしており、京博で観る事はできない。)

奇妙にうねった木々や波頭から目を離せなくなる『国宝 日月四季山水図屏風』、密教の複雑な文様が彫られた法具等々、見どころはたくさんあるのだが、何と言っても目を惹かれたのは「鹿玉」だった。

鹿がペッてした毛玉が寺の宝に

「鹿玉入り玳瑁塗宝珠型合子および松桜蒔絵白粉解形合子」を描いたもの
白玉ぜんざいではないです。

ころんと丸い毛玉が手のひらサイズの美しい漆器に収まっている。(図録の写真だと器のきれいさが分かるのだが、私のイラストではまったく再現できていない。)

図録によれば、この毛玉は牛や鹿が毛づくろいをした際、胃や腸に毛がたまって塊状になったものだそうだ。鹿玉といいつつ本当に鹿の毛かは分からないそうだが、1429年に観心寺に寄進された際に、その寄進状に「鹿玉」と記されていたらしい。(『河内長野の霊地 観心寺と金剛寺─真言密教と南朝の遺産─』(図録), p.100.)

毛玉を立派なお寺に納め、綺麗な容器に入れて600年後まで伝わる。すごいことだ。現代で言えば、猫の飼い主が、愛猫が吐き出す毛玉を大事に箱にとっておく、みたいなことだろうか。それにしても600年という長さよ。壮大だ。

何より、鹿玉を発見した現場が気になる。鹿が毛玉を吐き出したその場面に遭遇したならば、いくらなんでもべっちゃべっちゃの毛玉を大事に持って帰って寺宝にするか? とも思うし、とはいえ野山を歩いていて、鹿が吐き出して時間が経った(もちろん乾いた)毛玉を偶然発見するのもすごい確率だと思う。意外と気づくのかな。小学生が野原でシュークリームの皮みたいなもこもこした物体を見つけ、喜び勇んで持ち帰ってカマキリの幼体をご家庭に大量発生させる事象と同じマインドを感じる。

寄進状に鹿玉発見の経緯も書いてあるのだろうか。そうだとしたらめちゃめちゃ読んでみたい。

ちなみに、「鹿玉」と同様「牛玉」もあるそうだ。「牛玉」をコトバンクで引いてみるとこの通り。(日本国語大辞典の孫引きになってしまうが)

① 牛の額に生じるとされる玉状のかたまり。寺院などではこれを宝物とする。牛の玉。
※高野山文書‐徳治三年(1308)六月二一日・禅蓮房寄進物日記「牛玉二果〈唐金壺入レ之〉」
※御伽草子・祇園の御本地(室町時代物語集所収)(室町中)「牛玉を取出させ給ひて、是は第一の宝にて在りとて」
② 牛の腹中にできるとされる玉。一切の病魔を除く霊物とされる。牛黄(ごおう)。牛の玉。
※吾妻鏡‐文治五年(1189)八月二二日「沈紫檀以下唐木厨子数脚在レ之。其内所レ納者、牛玉、犀角、象牙笛、水牛角〈略〉等也」

コトバンク(出典 精選版 日本国語大辞典)
https://kotobank.jp/word/%E7%89%9B%E7%8E%89-2028755

②の定義は鹿玉と同じようだが、それにしても①の牛の額に生じる玉ってどういうことだろう。あと、どうやら高野山でも牛玉を寺宝としていたようだ。「高野山 牛玉」で調べると「牛玉杖」が出てきたが、何か関係があるのだろうか。なんだかおもしろそうな鉱脈の気配を感じるのでいずれちゃんと調べたい。

おまけ

他にも京都で訪れたミュージアムの感想をメモしておく。

「綺羅きらめく京の明治美術ー世界が驚いた帝室技芸員の神業」@京都市京セラ美術館

明治23年(1890)に発足した、皇室が優れた美術工芸家を称え、保護する「帝室技芸員」制度に選ばれた画家・工芸家の中から、京都にゆかりのある19名の作品を一堂に会した展覧会で

図録の付録に、帝室技芸員に任命された高村光雲の回想文が載っており、当時すでに一流との評判を確かにしていた作家たちが宮内庁からいきなり「用があるから出頭せよ」とお達しを受け、いったい何を言われるのかと右往左往する様子が面白い。宮内庁に行ったら行ったで、「帝室技芸員に任命する」という書類をいきなりもらい、「帝室技芸員って何ですか?」と担当者に聞いてみたり。(「高村光雲「帝室技芸員のこと」(抜粋)」『綺羅きらめく京の明治美術ー世界が驚いた帝室技芸員の神業』(図録)p.131-132)

「のぞいてみられぇ!❝あの世❞の美術-岡山・宗教美術の名宝Ⅲ-」@龍谷ミュージアム

「あの世の美術」の名の通り、地獄図や来迎図、法然上人の一生を描いた絵巻などの仏教美術を展示。
なぜ京都で岡山の展示を? と思っていたが、どうやら改修中の岡山県立美術館の収蔵品を展示する企画だったようだ。

一番印象的だったのは、熊野比丘尼の曼陀羅だ。熊野比丘尼とは、中世後期から江戸時代にかけて活動した女性の宗教者で、年末年始は熊野三山に篭り、それ以外の時期は諸国を巡って熊野三山のお札を売ったりして熊野大社への寄付を集めて回った人々を指す。彼女らは曼陀羅を人々に見せて描かれた内容を説明する「絵解き」で、仏教の教えや熊野三山の様子を説明した。

その中でも、熊野那智大社の周辺を描いた「那智参詣曼陀羅」では、なぜか境内の橋の上で急に月経が始まった和泉式部の姿が描かれている。昔の仏教観では月経は忌避されるもの、というイメージがあったが、なぜわざわざ絵の中に描かれているのか? 那智勝浦で現代も絵解きを行っている方の紹介サイトには、「月経が起こっても熊野の神は許されるので、誰でも禊をすれば参詣できる」と書かれていたが、いずれもう少しきちんと調べてみたい。

まとめ:2022年夏・京都のミュージアムでみたものベスト3(超個人的)

そんなこんなで、私が2022年夏、京都のミュージアムで出会った面白かったものベスト3は以下の通りだ。

  1. 鹿玉(「観心寺と金剛寺」展)

  2. ひつじの人形の瞼ばっかり集めたタッパー (「ひつじのショーン」展参照)

  3. 唐突に月経がはじまる和泉式部(「のぞいてみられぇ!❝あの世❞の美術」展)

どこのヴンダーカンマーやねん。我ながら、元・カマキリの卵を家に持ち帰った小学生だけのことはある感性だ。
9月も見たい展覧会はもりだくさんなので、ぼちぼち行けますように。

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