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短編3 願望

「加藤さんありがとう。さぁ。次作文を読んでくれる人はいるかな?」

3年生の総合の授業で宿題になった将来の夢を題材にした発表会。

皆将来をきちんと考えてきたであろう内容が多かった。

花屋、コック、消防士などなど。

たまに面白い夢を書いてくる子がいるが、まだ子供なので可愛いものだ。

小学3年生といえばまだまだやんちゃで毎日クタクタになってしまうが色々な話を子供たちがしてくれてとても楽しい。

子供たちからパワーを貰っているのは間違いは無いと思っている。

しかし、心配な子が1人だけいた。

いつもポニーテールをしてくる女の子。
大崎さん。

物静かで休み時間中はいつもノートになにか書いている。

手を挙げている生徒を見てもやはり大崎さんだけ手を挙げてなかった。

「大崎さん。どうしたのかな?上手に書けなかった?」
私が大崎さんに質問をしたら周囲の生徒は大崎さんを見つめていた。

「いや、書いてはいるんですけれども自信がなくて…。」

「そっか。それは仕方がないわね。それじゃあ皆の将来の夢を聞いて自信が出てきたら手をあげてね。」

「はい。」

「じゃあー。元気よく手を挙げてる石井君。読んでみようか!」

石井君はジャンプするのではないかというくらい勢いをつけ立ち上がり作文を読み始めた。
その後も他のクラスの子達が1人ずつ発表していくが最後まで大崎さんは手を挙げずに終わってしまった。

キーンコーンカーンコーン

「じゃあ、総合の授業はここまでね。皆よく書けていたわ。それじゃあ作文は先生に提出してください。コメントを添えて後日返却します。後ろの人作文を回収して持ってきてくださいー!」
ガタガタと後ろの子達が椅子をずらし前の子供たちの作文を貰っていく。

「先生ー!」
真ん中の列で声が聞こえた。

「飯田さんどうしましたかー?」
「大崎さんが提出したくないって。」
「え?」
大崎さんは無言のまま下を向いていた。
「大崎さん。上手に書けてなくてもいいのよ?書いてあればいいの。宿題として出したから提出して1回目を通さして欲しいな。」

私は大崎さんを教壇の上から見つめながら問いかけた。
大崎さんは小さく頷き作文を飯田さんに渡した。
「これで全部ね。それじゃあこのまま帰りの会を始めましょう!日直の人お願いします!」
帰りの会はスムーズに進んだ。
何事も無かったかのように。

「先生。連絡お願いします。」
日直の声掛けに答えて明日の予定を言い始めた。
「明日は避難訓練があります。地震を想定した避難訓練なので何時間目に来るか分かりません。」
クラスの中がざわついた。
「静かにー。授業中に訓練が始まったら授業は途中で中断して避難訓練になります。皆、覚えといてね」

私の声掛けに生徒ははーいと返事をした。

「後は特にないのでこのまま終わります。皆車に気をつけて下校してください。さようなら。」

『さようなら!』

クラスが一斉に挨拶してバタバタと帰って行った。
今日も無事に終わったと安堵感が芽生えた。
「さて。もうひと踏ん張り!」
私は教室にある自分の机で先程提出してもらった作文を1枚1枚丁寧に読み訂正と私なりのコメント、下手くそながら簡単なイラストを書いていく。

私が書いたイラストはクラスの子達にある意味人気があるらしく何のイラストかよく聞いてくる。
真ん中の列に差し掛かり、大崎さんの作文がでてきた。

「なんだ。きちんと書いてあるじゃない。」

大崎さんの作文も丁寧に読んでいく。

『将来の夢 大崎かなで
私の将来の夢は日本で大きな事を成し遂げることです。まだ何をしようか考えていません。ただ、小さい時からテレビを見ていて沢山凄い人達がいて、私もこうなりたいと思いました。
出来たらテレビにも出たいです。先生にも分かるくらい大きな事をしたいと思います。』

他の子達より文章は短いが大きな夢を持っていることに安心した。

コメントには『大崎さんは必ず大成功させる事が出来ますよ。頑張ってください!テレビに出てきたら先生も周りに自慢します』と書いた。

数十年後。

私は当時いた小学校を離任して隣の小学校でクラス担任を受け持っていた。

やはり学区が違うだけで少しクラスの雰囲気が違うものの子供たちの元気さは同じだ。

仕事が終わり、自宅に戻ってテレビをつけた。
ちょうどニュース番組だったのでそのまま聞き流す形で家事をしていた。

『ここで速報が入りましたのでお伝えします。』
多分これは数日前に東京で起きた無差別殺傷事件の犯人が見つかったのだろうとすぐに分かった。
『数日前に東京都新宿区で起きた無差別殺傷事件の犯人がつい先程緊急逮捕されました。犯人は大崎かなで容疑者で大崎容疑者は自ら新宿警察署に自首しに行ったもようです。』

耳を疑った。

まさか自分の元生徒が犯人だなんて思いたくなかったからだ。
そのままテレビを見入ってしまった。

『大崎容疑者は調べに対して、先生、私の将来の夢が叶ったよと意味不明な事を言っているようです。
事件については慎重に調べを進めるようです。
では次のニュースです。』
私は鳥肌が立ってしまった。

確かに将来の夢には大きな事を成し遂げると書いてあったがこの事とは思わなかった。

そのまま立ち尽くし「罪をきちんと償って欲しい」とボソッと呟いた。

その後、元生徒の大崎かなでは心神喪失で裁判を迎えたが、自分の夢のために無差別殺傷事件をするのは良くないということで裁判で死刑宣告を言い渡された事を後日のニュースで知ることになった。

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