みんな輝け! AIフェスティバル2024(前編)
実のところ、ここ一ヶ月、指先がずっと震えていた。
AIに関する衝撃的なニュースが毎日報じられているため、その震えもある。
ビビりすぎて指が震えてキーボードが打てない、なんてことが何回かあった。
でも、違った。今朝、指先の震えはピッタリ止まった。
そう、俺をずっと震えさせていたのは、AIアートグランプリだったのだ。
どのくらい震えてたかというと、準備日の写真や当日の写真を見ると全部ブレてる。iPhoneの優秀な手ブレ防止機構が効かないほど、俺はずっと震えていたのだ。
登壇するから緊張したのではない。
このイベントを成功させるために全神経が昂っていたから緊張したのだ。
この一年、俺が日本全国津々浦々まで落合陽一を追いかけ続けたのも、全てはこのイベントのためだった。
プレッシャーを与えたつもりはないが、落合陽一を理解し、落合陽一に理解してもらいたかったからだ。そのためには自分の時間を犠牲にしてでも落合陽一と本気で向き合う必要がある。
このイベントの基調講演を依頼したのは、彼と沖縄に行った時の夜だった。
あまりにサービス精神旺盛な落合陽一を見て、基調講演を任せられるのはこの人しかいないと思った。
「来年のAIフェスティバルで基調講演をしてくれないか」
すると落合は突然立ち上がり、直立不動の姿勢になって、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
普段飄々としているように見えるから誤解されることも多いが、本当の落合陽一はこういう人間なのだ。
「いいっすよ」でも「はい。わかりました」でもない。「ありがとうございます」と返せる人間なのである。
それから一年間で落合陽一はどんどんその芸術性を高めていったように見えた。生成AIが彼のイマジネーションを加速し、作品自体のレベルアップに貢献している点はもちろんあるだろう。
そして当日、落合陽一の基調講演が始まった。
衝撃を受けた。
落合の講演は過去にも見たことがある。
けど、これほど丁寧に作られたプレゼンテーションを俺は一度も見たことがない。
俺はプレゼンで誰にも負けない自信があるが、初めて落合に勝てないと思った。俺は一つのプレゼンにこんなに手間をかけることはできない。
金曜の10時だというのに朝から会場前に行列ができていて、あっという間に席が埋まった。慌てて椅子を増やすが、増やす端から椅子が埋まっていく。こんなことは生まれて初めてだ。数々のイベントを運営してたが、こんなことは普通は起きない。
最初は準備に大忙しだった協賛各社のブースの方々も、最後は立ち見をしていた。
たった45分だったが、内容が詰め込まれており、圧倒されるものだった。
「自分この後すぐ新幹線に乗らなきゃいけないんで、ここで失礼します」
落合陽一はそう言って一人でスーツケースを引きずっていった。
それから、各セッションが始まった。
まずは、前回のグランプリ、快亭木魚さんと入選作品を作ったKATHMIさん、そして初代グランプリの松尾公也さんを集めたトークセッション。司会はおざけんこと小澤健祐。
これが第一の「奇跡ポイント」だ。ここで壇上の人たちを輝かせなくてはいけない。
この日の朝、全ての準備が揃ったところで、朝礼が開かれた。
今回の仕切りはコトプランニング。弓月ひろみさん率いるイベントプロダクションである。
初日の朝礼でフロアディレクターの山田さんからこう言われた。
「清水さん、最初に一言、お願いします」
そういうチャンスを頂いたので、僕は緊張しながらマイクを取った。
すでに心が昂っているのが自分でわかって恥ずかしかったが、そのまま喋った。
「皆さん、今日は朝から本当にありがとうございます。主催と配信担当のサードウェーブさん、運営のコトプランニングさん、出展社の皆様、ついにこの日を迎えることができました」
数日前、母校で後輩たちの質問に答えた時の記憶が蘇った。
そうだ、俺はそれがしたかったんだ。
「今回、僕はこのイベントにテーマを持っています。それは、全ての人を輝かせるということです。ステージに上がる登壇者はもちろん、来場した全ての人が刺激を受け、新たなスターとなる。今日ここに集まってくださったスタッフの皆さんも全員がスターになる。そのためのイベントです。AIを使う人、それを好きだと思って夢中になれる人、そういう人を応援したい、輝かせたい。それが私と、主催のサードウェーブ尾崎会長が二年前に描いた夢です。僕はこんな素晴らしいことを仕事にさせていただけて、幸せです。本当に嬉しく思っています。皆さん、スターになってください。輝いてください。そして来た人全員を輝かせてください。彼らが輝けば、日本は輝く、日本が輝けば、世界が輝く。そういう気持ちです。僕からは以上です」
多分こんなに澱みなくは喋れてないが、だいたいこのようなことを言った。
これがどのくらいスタッフに刺さったのかはわからない。
だが僕の腹は決まった。全員を輝かせる。スターにする。
落合陽一で満場になったステージで、AIアートグランプリの過去の出演者を輝かせる。そのためにこういうプログラムになっている。
落合先生の果たしてくれた役割は、期待を遥かに上回るものだった。
しかし不安でいっぱいだった。
果たして、午後のプログラムに人はどのくらい来てくれるのか。
一度ご飯を食べにいって、「もういいか」と思って帰ったりはしないだろうか。
だがそれは杞憂だった。
午後も無事満席になり、午後最初のセッション、「ビジネスと生成AI」が始まった。
司会は引き続きおざけん、パネリストはIT批評家の尾原和啓さんと、マヨラボの片岡翔太郎CEO、そしてAI CROSSの原田典子社長だった。
実は片岡さんは未踏AIフロンティアプログラムで、横浜のガンダムを作ったロボット研究者の吉崎航と僕が共同メンターをし、最終的に「AIパスファインダー」の称号を得た人物である。
楽屋で片岡翔太郎を見つけた。
元々緊張しいだったが、緊張しすぎて唇が紫色に近くなっていた。
「片岡くん」
僕は片岡翔太郎の肩を掴んだ。
「次は君の番だ」
彼の瞳をまっすぐと見て言った。
どこか弱々しかった彼の目が、キリッと引き締まった。
「はい!」
その言葉の意味を、片岡翔太郎は痛いほど知っている。彼とは未踏の合宿で、散々プレゼンの訓練をした。何度も何度も練り直し、プレゼンの質を高めていった。未踏の仲間同士で、文字通り切磋琢磨しながら、一つ一つの言葉を磨き上げていったのだ。だからこそ、「君の番」という言葉には単に次のセッションの登壇者であるという意味だけではない、重い含みがある。
尾原さんは25年くらいの付き合いだ。ビジネス書を書けばどれも10万部を突破するという人間である。
普段はシンガポールに住んでいるが、こないだ技研に遊びに来た時に、「11/8にイベントやるんだよ」と言うと「え、それなら行こうかな」と言うので、「どうせ来るなら登壇してよ」と頼んだ。
原田典子さんの経営するAI CROSSは、2019年に東証グロース市場に上場したAIによるマーケティングを専門とする会社で、司会のおざけんがビジネスとAIの話をするなら是非にと言うことで忙しい中特別に時間を作ってきてくださった。
そのセッションも無事に終わると、僕は精神的に余裕ができてきた。
指の震えもかなりおさまった。
次のセッションの司会は、僕だ。登壇者は、25年来の相棒、npakaこと布留川英一、人工生命の研究者であり、やはり長年の付き合いがある中村政義、そしてAI界のスターであるからあげさんと、NVIDIAでCUDAを推進するマーケティング部長だったのに、「CUDAなんか人工知能に向いてない!」と飛び出してライバルのSambaNova社に転職した林憲一さんだ。全員のことをよく知っているので、僕にとってこのモデレートは気楽だった。
SambaNovaは今回この大会にも協賛している。
NVIDIAもMicrosoftもIntelも協賛しているが、朝から林さんはNVIDIAに喧嘩を売っていた。喧嘩上等エンジニア出身マーケッターなのである。
トップスターのエンジニアを集めたので、話が面白くないわけがない。
中村くんは前回のAIアートグランプリで優勝できなかった時、ものすごく悔しがってた。しかし入選者は入選者だし、前回発表した人工生命ゲームAnlifeは、まだ完成していない。とにかくこだわりの強い人なのだ。
前回のハッカソンの優勝チームだったエムニさんは、今回は協賛社として名前を連ねてくれた。前回の優勝チームが今回はスポンサーになる。そんなことは、あまり聞いたことがない。
エムニには最近、AI業界のスーパー有名人である門前さんが転職した。
門前さんは前職の頃から毎月、「Machine Learning 15minutes」と言う15分のプレゼンを繰り返すイベントを開催していて、いつもその人脈の広さに驚かされている。
テーマも最新のものから泥臭いものまで多岐に渡り、これが無料で参加できて無料で見れると言うのはすごすぎる。二ヶ月に一回くらいは、湯島の秋葉原プログラミング教室に登壇者たちで集まって飲み会をしたりする。これもまた楽しいのだ。
その日はスイッチサイエンスの高須さんが中国から呼んでくれたD-Roboticsの人たちのロボットを肴に酒を飲む、技研AIナイトが開催されていたので、僕は急いで技研に移動した。
彼らは僕がRDKを使ってロボットを作る際にモータードライバを爆発させる動画を見ていたので、これがそれだと紹介した。
こうして初日は盛会のうちに終了した。
しかし同時にとてつもない不安が湧き上がってきた。
「待ってくれ。明日、お客さんは来てくれるのだろうか」
落合陽一が盛り上げた初日は、盛況のままラストを迎えることができた。
しかし明日は、トップバッターの川田十夢さんと三宅陽一郎さん以外は基本的にそれほど一般に知られている人ばかり集めたわけではない。
本当に明日、お客さんは来てくれるのか。
そして本当にAIグランプリで全員を輝かせることができるのか。
不安を抱いたまま、初日は幕を閉じた。