小説ファントム感想
ファントム 感想
心がなんとも言えない苦しさに包まれ押しつぶされそうになりながら、読む手を止めたいのに止められない。
作中にも(映画にも)描かれているエリックの人を惑わせる声、所作、纏う雰囲気に似ている。恐ろしいのにエリックという人を知りたい、この人の何がこんなにも悲痛な、ミステリアスな、危険な空気を纏わせているのか、エリックを形作るものがなんかのか知りたい…その一心で読む手を止められず一気に読んでしまった。
上巻は子供時代のあまりにも辛い日々にただただ救いはないのかとページをめくる手が止められなかった。生まれた時の自分ではどうすることも出来ない事象に翻弄され、ただ愛を求めて繰り返し行動しては傷付く心を守ることしか出来なかったエリック。その孤独を抱きしめてやりたいと思う気持ちしか持てず、涙なくして読み進めることが出来なかった。容姿の事も含め、凡人ならざる才能を持ち合わせると、時として迫害の対象になるのは時代が変われどいつでも起こるのだと感じる。
幼少期から類稀な才能を発揮していたエリックは、誰からも賞賛されて然るべきなのに容姿のせいで固く閉ざされた扉の中で特定の大人達にしかその才能を披露することは無かった。ただその中でエリックを恐れながらも正しく導こうとしてくれた大人が数人居てくれた事が子供時代、生家での唯一の救いになっている。そして上巻でエリックが1人家を飛び出した場面はもう筆舌に尽くし難い…どんな決意で飛び出したか考えるだけで胸が詰まる。母親への想いもここで描かれている。
その後に出会うジャヴェールとジプシー~ペルシア人の件までは最早辛さに読み進めるには自分の気力も削られる始末…どれだけ眉間に皺を寄せて読んでいた事だろう。途中出会うジョバンニさんと、ペルシア人のナーディルが居なかったら一気に読めなかったと思う。特にジョバンニさんはエリックにとって生涯の救いになる。あの時のエリックはルチアーナが登場するまで人生で1番の幸せな時を過ごして居ただろうな。またナーディルはエリックの生涯において、信頼のおける唯一の友であり良心である。小説ファントムにおいて2人目の救い…。ナーディルの様な友人に人生で1人でも出会えたらそれは最高に幸せな事だと思う。(エリックの人生に深く関わる人物は何人か出てくるが、エリックの人生に様々な影響を与えた心からの友という意味ではナーディルだけだと読んでいて感じた)
下巻からは壮年期に入ったエリックの話がメインになるが、美に対しての異常なこだわりや創作への欲求も事細かに描かれており、映画版オペラ座の怪人を観ている人には馴染みがあるファントムに近くなってくる。映画と違うのはオペラ座が建つ前からの話になっているところ。いかにしてファントムの隠れ家が造られたか描かれているので一読の価値あり。マダムジリー、メグ、ブケー、支配人達など馴染みのある顔ぶれも少しだが出てくる(ここはかなり少ししか出てこない)
そしてついに登場するクリスティーヌ。出会いのシーンはエリックに如何に衝撃を与えたか描かれている。音楽の天使の描写も細かく出てくるので映画版と照らし合わせて読むのも映像が浮かびやすいと思います。
今作でもエリックとクリスティーヌの関係性は理屈ではなく、どれほど心から、魂から互いに欲しているか(最後に別の意味で驚く理由も出てくるが)、鏡に対するエリックの強い恐怖やトラウマ、何故仮面を取られたら事に対してあそこまでの怒りを表すか、この本を読むとより心情がわかりやすいので、オペラ座の怪人ことファントムをより理解し易いのでは…と思います。また人生についてどれほど悲観し諦めたとしても人の欲求や希望はささいなきっかけで呼び起こされるのが本作を読んでいると考えさせられる。
特にエリックのような鬼才にとっては毒にもなり薬にもなるのだ、という描写が1度は挫折を体験した人なら多少想像出来る(エリックとは比べ物にならないが)所でした。
最後の描写は本当に涙無くして読むのは厳しいので機会があれば是非読んで頂きたい……
個人的にエリック(ファントム)の文面から滲み出る話し方や所作の色気と気品の描写が凄いので(話し方がとても好きです…)是非そこも読んで欲しい。映画版ではジェラルド・バトラーがエリックの人物像を徹底して演じてくれているのでイメージピッタリです。
小説後半に出てくるクリスティーヌと過ごすエリックを是非見届けて欲しい…映画に比べ長い時間を共に過ごしているのがとても良かった…。
読み終えた直後に映画館でオペラ座の怪人を観たが、言葉の意味の重さが違って観えて終始苦しかった。特にエンディングのクリスティーヌとファントムの言葉一つ、表情一つがエリックの人生を振り返り、フラッシュバックの様に読み終えたばかりの文面が思い浮かび、ピースがピタリとハマるようにしっくりと来る理解が自分なりに出来たような気がする。特にキスの重さは段違い。神の与えて下さった~キスはこの本を読んだ後ではファントムの涙、クリスティーヌの困惑した表情の意味も違って観える。あの場面にエリックの人生で追い求めたものの大半が含まれて居たと思っても過言では無さそう……。そこには救いもあり、苦しく哀しい1人の翻弄された天才の人生があった…それについてはまた詳しく別のまとめで書けたら書きたいと思います。
長い文面をお読みいただきありがとうございました!オペラ座の怪人、20周年デジタルリマスター公開本当に素晴らしい作品です!まだ上映中につき行けるだけ観に行きたいと思います。
そして扶桑社様!是非復刊をご検討頂きたい……こんなにも人を惹きつける傑作が絶版なのは哀し過ぎます……。全オペラ座の怪人ファンに読んで欲しい作品です。映画公開をキッカケにオペラ座の怪人のファンになった方にも是非読めるチャンスがあると良いなと思いました(熱望)